店舗に必要なのは「編集力」である

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「無駄こそがイノベーションの源泉、世の中に無駄な情報をバラまきたい」という、博報堂ケトル嶋浩一郎氏。コミュニケーションの専門家でありながら本屋という小売業も手掛ける同氏に、人々の心を動かす店舗やコンテンツのあり方についてお話を伺った。

『買うつもりのなかった本』を買ってしまうのが“いい”本屋

薮崎 「嶋さんは本屋を運営されていますが、ECや電子書籍の存在もあって本屋の売り上げは、どんどん下がっていますよね。そんな中で、リアルな本屋で本を売るためにどんな工夫をされているんですか?」

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嶋 浩一郎
1968年東京都生まれ。1993年博報堂入社。コーポレート・コミュニケーション局で企業のPR活動に携わる。01年朝日新聞社に出向。スターバックスコーヒーなどで販売された若者向け新聞「SEVEN」編集ディレクター。02年から04年に博報堂刊『広告』編集長を務める。2004年「本屋大賞」立ち上げに参画。現在NPO本屋大賞実行委員会理事。06年既存の手法にとらわれないコミュニケーションを実施する「博報堂ケトル」を設立。カルチャー誌『ケトル』の編集長、エリアニュースサイト「赤坂経済新聞」編集長などメディアコンテンツ制作にも積極的に関わる。2012年東京下北沢に内沼晋太郎との共同事業として本屋B&Bを開業。

 「ウェブとリアルの使い分けの話になるのですが、ウェブは買いたい本が決まっていたとすればすごい便利ですよね。すぐ手元に届くし、在庫がないということもリアルな本屋より少ない。買いたいものがすでに顕在化しているときはネット書店を使えばいいと思うんですよ。」

薮崎 「なるほど。それではリアルな本屋の価値とはなんでしょうか?」

 「僕の考える“いい”本屋って、買うつもりのなかった本を買っちゃう本屋なんですね。買うつもりのなかった本を買うってことは、『自分ってこれに興味を持っていたんだ』という一種の好奇心の発見でもあるわけです。“自分の好奇心を発見する”ということにおいてはリアル書店の方がウェブより有利なんですよ。」

薮崎 「得意領域が違うということですね。」

 「そうです。ウェブは顕在化した欲望に対して当てていくのが得意なメディアで、例えばスポーツカーのページを見ている人がいたら『この人はスポーツカーに興味があるんだ』ということで、ポルシェとかの広告を当てていけばいいわけじゃないですか。本当はそんな単純ではないですけどね。でも、ウェブで『スポーツカーのある暮らしは素敵ですよ』というのを、ゼロから情報提供するのはなかなか難しいんです。」

薮崎 「そうですよね。店舗ですごく凝った見せ方をしていてライフスタイルを提示しているのに、ECサイトは普通に画像を並べているだけのブランドがほとんどです。生活者の行動に最適化させているんだとは思いますが、リアルとウェブのギャップは非常に大きいです。」

 「ウェブで5分でできることと、本屋で5分でできることって全然違います。ウェブで5分あればひとつのことに関しての情報はそれなりに深堀りできると思うんですよ。例えば、『バオバブの木』っていうのは11種類あるってことも知れるし、京都の植物園が夏の間だけ開園時間を早めているのはバオバブの花が朝に咲くからなんだねとかの情報も手に入る。サン=テグジュペリは『星の王子さま』でバオバブの木がどう書かれているかなんてことも……「バオバブ」って検索すれば5分でそれなりに詳しくはなれる。でも、本屋で5分も時間があったら世界一周できちゃいますからね。」

薮崎 「世界一周ですか?」

 「本屋って基本的には世界を構成する要素を売り場で再現しようとするから。例えばうちの本屋は40坪くらいですけど、ブラブラしたら5、6分でも一周できちゃう。その5、6分の間に、映画の本もあってガーデニングの本もあって、旅行の本もあってアポロ計画の本もあって、経営者の名言を集めた本もあって、恋愛小説があって……と、まぁ大量の情報を一気に浴びることができます。そうすると『もしかすると俺はこの本が読みたかったかもしれない』という気づきが生まれるんです。新たな好奇心がどこにあるのかを発見するセンサーとしての機能は、本屋のほうがネットより優れているわけです。だから、それぞれのいいところを把握して使い分ければいいことなんです。」

薮崎 「単純に言ってしまえば、リアルとウェブを融合させるのがオムニチャネルですが、両者を同列に扱うのではなく、お互いの役割で分けながらもお互いを統合して、全体最適を目指すべきですね。」

 「そうです。このウェブとリアルの関係は、なにも本屋に限ったことではなく、すべてにおいて言えることだと思います。ある特定のニュースが見たいとわかっている状態であれば、グーグルニュースアラートとかで例えばAKB関連のニュースが全部見たい、としておけばいい。もっと世の中を俯瞰したければ新聞を見たほうがいいわけで。それぞれの便利なところを理解して使いこなすことがライフハックとしても大切だなと思います。」

薮崎 「私は本にしてもウェブにしても本当に読む時間が足りないのが悩みでして。ウェブの記事も読むのに意外に時間がかかるし、本当は図書館にも行きたいんですけど、一冊まともに読んだら3時間とかかかっちゃいますし。」

 「本は必ずしも全部読まなくていいと思いますよ。日本人はちょっと本を神聖化しちゃってるところがありますけど、もうちょっとカジュアルに付き合ってもいいんじゃないかなと思います。ノンフィクションとか第一章を読めば大体著者の言いたいことが書いてあったりするし。」

薮崎 「確かに最初で全て言い尽くしている本ってありますよね(笑)」

 「読みたいところを読んで『これはOK』とか、それぐらいでいいですよね。ほかにも無限にあるわけですから。要は『そのコンテンツに興味を持った自分』というのがすごく大事なんです。自分の好奇心のフラグが立っているのがその時買った本なわけで、”積ん読(つんどく、※積んでおいて後で読むこと)”でも全然いいんじゃないかと思います。」

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これからの店舗に必要なのは「編集力」

薮崎 「エスキュービズムは、ECだけでなく、店舗の課題解決もお手伝いをしているので、お店の価値についてもずっと話しているんですけど、今は百貨店とかでお店の看板を見てブラっと入っていく時代ではなくなってきていますよね。指名に近いというか。」

 「店舗の価値はいろいろあると思うんですよ。洋服を買う場合、その手触りまでわかるとかね。本屋で言えば、繰り返しになりますが、まだ気づいていない自分の好奇心が言語化される場所になる可能性を秘めている、ということですかね。人って言語化された欲望に応えてくれるサービスにあんまり感謝しないけど、『実はあなたはこれが欲しかったでしょう?』っていうふうに、潜在的だけどまだ言語化されていない欲求を見抜いてくれた人にすごく感謝をするんですよね。本屋って、言うなればセレクトショップですからね。本来そういう発見があるべき場所なんだと思います。欲しいものがわかっているときにはAmazonなんかが一番探しやすいわけですから。すでに欲しいものを買いに行くっていうスタイルのお店は、これからの時代競争力を保てないかもしれないですね。」

薮崎 「単に陳列するのではなく、どう演出するかが店舗にはますます求められるのでしょうね。」

「店舗には『編集力』が必要なんですよ。なので、小規模ながらとてもいい空間を作っていたお店が、店舗数を急拡大させたせいでダメになっちゃうケースもある。そういうときってたいてい『編集ナレッジ』の共有がされてなかったりするんですよね。」

薮崎 「ファーストリテイリングもポパイの前編集長を執行役員として迎え入れたと話題になりました、これも『編集』ということを意識しているからですかね。編集というのは、ただ文章を整えるのではなく、出会いを最大化させることなのだと感じます。」

 「『来店するまで意識しなかったけれど欲しくなる』っていう仕掛けがどれだけあるかが店舗の強みになると思います。手描きポップとかもその一例ですよね。これって人によって好みがあるんですけど、好みが分かれるからこそいいんだと思います。ポップと言えば、余談なんですが、昔『ブックス高田馬場』っていう本屋が早稲田にあったんですけど(※現在は閉店)、ものすごい数のマジック書きの紙が貼られていた店で。『ジャンプ!』とか『マガジン』とかだけ書かれた紙が店一面にぶら下がっていたの。」

薮崎 「ずいぶんと昭和的な(笑)」

 「そんなの書かなくても見りゃわかるよ!っていうぐらい(笑)。だから僕は東京都内で一番熱量が高い店だなあって感じてた。上野駅の中にある明正堂とか素敵なポップを書く本屋さんもある。」

薮崎 「扱う商品に対する愛がないとできませんよね。」

 「ウチのお店は共同経営者の内沼晋太郎くんが往来堂で働いていたので、その影響を色濃く受けているんです。往来堂は「編集力」を発揮して文脈棚をつくっているんですよ。文脈棚っていうのは、本をカテゴリーで分けるんじゃなくて、たとえば、ワインの本の横にチーズの本があって、その横にキリスト教の修道院本があって、古代ローマ帝国の本があって・・・と隣どうしの本が何となくつながっている。お客さんにしたら『いつの間にかワインの話からローマの歴史の話まで連れてかれていた』みたいな体験になるんです。」

薮崎 「面白いですね。」

 「その文脈棚だけ作ってポップをいっさい置かない本屋もあるし、店によっては『特集棚』、例えば月替わりで『今月はコーヒーの本、来月はブルックリンのカルチャーの本を置いてますよ』みたいな編集テーマをもって本を見せる形もあります。それって結局人の好みが様々で、ポップを読んで本を選びたい人もいれば、文脈棚で本を選ぶことが気持ちいい、という人もいて。要は一口に本屋って言っても全部同じじゃなくて、ちゃんと店舗作りを考えていれば『こういう風に本を選んでほしい』っていうメッセージもあるはずで、そここそにファンがつくんですよね。」

薮崎 「どういう店にしたいか、その観点を持って考えるとわかりやすいですね。 」

 「そうです。利便性という一面だけで考えちゃうとECの方がいいっていうことになってしまう。だから、ウェブであってもリアルであっても、その強み弱みを理解して、それが自分の生活の中でどう役立つのか把握してそれぞれを使いこなせばいいことなんですよね。」

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ラジオと「銀座のママ」の共通点

薮崎 「本屋とか雑誌とか、嶋さんはあえてオワコンを手掛けているというような見え方もするのですが、どういう領域に挑戦をしたいと思われていますか?」

 「それぞれが自分にとって便利で得するもので、まだまだ面白くできるという領域なんですよね。」

薮崎 「ラジオはどうですか?私は車に乗るとき必ず聴くんですけれど。」

 「音声コンテンツはじつはブルーオーシャンというか、まだまだ可能性があるんじゃないでしょうか。意外と面白いと思います。映像って、視覚も聴覚も全部奪っちゃう。今はテレビ見ながらスマホいじったりしますけど。そういう意味では平成の時代に人間の能力はすごく進化したなと思います。とはいえ、それをしてしまったら勉強や料理はできないわけじゃないですか。仮にそれをやっている人がいたら真正の多動です(笑)」

薮崎 「ラジオは『ながら』ができますよね。」

 「それこそが音声コンテンツが人に入っていきやすい理由ですね。今、ラジオを聴くのも受信機ではなくスマホを使って『radiko』で聴けますし、ニュースだって『OK Google、ニュースを読んで』なんてことができるようになりましたし。スマートスピーカーは置いている場所も台所とか寝室とか人それぞれです。そこで音声コンテンツを聴くという新たな体験をもたらすだけじゃなくて、それを聴きながら料理なんかもできる。音声コンテンツは聴覚だけですべてを奪わないので、今の時代に情報として人の生活に入り込みやすいと思います。『Voicy(ボイシー)』とか、音声コンテンツを提供するネットのプラットフォームには、まさに「新しいラジオ」としての可能性を感じますね。YouTubeにも音声だけのコンテンツがあったり音声だけを楽しむ人は多いですよ。視覚を奪わない、五感の中で使うのは聴覚一つだけっていうのが、逆に強みですね。音は想像させる力があるので、人をエンゲージする力があると思います。」

薮崎 「集中してコンテンツを見たければテレビに軍配が上がりますが、運転中とか『ながら』の時ってラジオのほうが面白いですよね。」

 「ラジオって、テレビと違って、聴いている人が勝手に『このパーソナリティは自分のために話してくれている』っていう、一対一のパーソナルな関係値であると錯覚しやすいメディアなんですね。テレビでは『番組をご覧の皆さん』って言うけれど、ラジオではリスナーのことを『あなた』と呼ぶ。やっぱりメディアごとの特性をわかってますよね。『銀座のママ理論』に近いなと。」

薮崎 「銀座のママ理論とはなんでしょう?」

 「銀座のママの店には大勢の人が行くけれども、来ている客はそれぞれ『ママは俺のことが好きだ』と思っているのと、ラジオのリスナーは同じだなと。『パーソナリティは自分のためにしゃべってくれている』という感覚をリスナーに抱かせるのはラジオのすごいところだと思います。」

薮崎 「パーソナリティの声も素敵なので、ずっと聴いていると勝手に自分の理想の姿を思い描いていることがありますよね。それで番組のサイトとかで写真を見ると、自分の想像と全然違っていてビックリしたりします。」

 「そうですね(笑)そういった余白とか、想像の伸びしろが大きい部分がありますよね、ラジオには。聴取率だけで考えると、ラジオはシュリンクしているように見えるけれども、エンゲージメントとかリレーションという観点で考えたらすごくいいメディアだと思っています。『この情報は自分向けのものだ!』という心構えで聴いてくれる。テレビを観ている人は、かならずしも『自分向けの情報がありますよ!』という気持ちでは観ていないわけで。もちろんリーチの概念ってメディアにとってはすごく重要だと思いますけれど、そういった情報の受け取り方の違いを考えて、ラジオはもっとエンゲージメント率をどう売るかを考えたほうが、価値が明確になるのになと思ったりもしますね。」

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※インタビュアー:薮崎 敬祐(やぶさきたかひろ) 株式会社エスキュービズム代表取締役社長 2006年にエスキュービズムを創業し、IT、家電、自動車販売など様々な事業を展開してきた。現在は、今まで培ったテクノロジーを組み合わせて、小売企業の課題解決を行うリテールテックカンパニーとして躍進。「あったらいいな」ではなく「なければならない」領域に、新しい仕組みを提案している

 
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「「定義されていないもの」こそアイデア源泉」