タメになる話を聞いても、なぜ多くの人は明日を変えようとしないのか

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3度オリンピックに出場し、スプリント種目の世界大会で日本人初のメダリストとなった為末大氏。現在はコメンテーターやタレントとして活躍する一方、企業家としての顏も持つ。そんな走る哲学者と呼ばれた為末氏に、「明日を変える」というテーマについてお聞きした。

夢や希望という言葉が使われ始めたのは、ここ200年くらいの話

薮崎 「3日坊主なんて言葉がありますが、タメになる話を聞いて『よし!やろう!』と思っても、多くの人はすぐにやめてしまいますよね。アスリートの方は、昨日よりも少しでもよくなるよう努力をし続けている方々だと思います。そのご経験から、変化し続けるための秘訣をお教えいただけますか?」

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為末大
スプリント種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者。 男子400メートルハードルの日本記録保持者(2017年12月現在)。 現在はSports×technologyに関するプロジェクトを行うDEPORTARE PARTNERS(デポルターレ・パートナーズ)の代表を務める。 新豊洲Brilliaランニングスタジアム館長。主な著作に『走る哲学(扶桑社新書)』、『諦める力(プレジデント社)』など。

為末 「『なぜ変われないか』ということで言うと、石川善樹さんがおっしゃっていたのですが、1800年代くらいまで『努力』や『夢』という言葉ってあまり出てこないんです」

薮崎 「それはどうしてでしょうか。」

為末 「人間は生まれてから死ぬまで、ほとんど『変化』を体験してこなかったそうなんですね。ある村で村人として生まれたら、その村でずっと変わらない環境のまま過ごして、一生を終えていました。それが科学や文明が発展することで、最近やっと寿命も延びて人口の流動化もあり、一個人が体験する世界がとてつもなく広がったのです。だからそう考えると、『頑張るとなにか変わる』というのは、結構最近のアイデアで、そういう意味ではここにきて急に変わらなきゃいけなくなってきたのです。人類の歴史は数万年ありますけれど、最後の100、200年になって、いきなり『夢を持って目標立てて変わっていきましょう』というアイデアが出てきて、少なくとも市民レベルではそれに対してみんながびっくりしている、みたいな状況だと思います。」

薮崎 「前回、人間の特長として『環境への適応力が高い』ということをおっしゃっていましたが、身体的な面では適応力はあるけれども、心理面ではそういう適応力がまだないということでしょうか。」

為末 「適応は環境に馴染むことなので、置かれた環境に馴染むだけならできると思うのですが、自ら目標を立て社会自体を前に進めよう、つまり環境自体を変えていこうというのが今だと思うんですね。なので、一部の適応した人々が社会的に成功して、『みんな変われ』って言うのですが、基本的に人は、昨日と同じように生きていくようにできているので、そう簡単には変われないのかなと思います。」

薮崎 「さらにITによって、劇的に変わってきていますよね。中国や諸外国ではキャッシュレス化が急速に進んでいるし、日本でも評価経済を象徴するようなサービスが生まれています。」

為末 「なので、『変化しろ』と強く言っても仕方ないことはわかりつつ、もう世の中がそうなってしまっていて、無理矢理にでも変化していかないとすぐに取り残されてしまうので、『なんだか切ないなぁ』という気持ちが結構強いです。」

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ビジネスの世界はもっと“プロ”化していく

薮崎 「アスリートを経て経営もされていらっしゃいますが、どちらの世界も経験されて、なにか違いは感じられましたでしょうか。」

為末 「一番は、我々アスリートはプロの世界なので、パフォーマンスが低いとチームから追い出される、つまりクビになるんです。でも、日本の会社って簡単にチームの入れ替えができないじゃないですか。まずその前提条件の違いが最も大きいと思います。僕は、アメリカで生まれたナイキと契約してたのですが、選手は結果を出さないとズバズバ切られていましたから。

   ただ、おそらく今後、グローバル化によりビジネス分野も入れ替えが行われる時代になって、プロっぽくなると思います。環境変化が激しいってことは、スポーツの世界で言えばやっていることがバスケからサッカーに変わるぐらいのことが出てくるはずなので、その都度メンバーを入れ替えないと戦えないと思うんですね。だから僕は、別に無理に変わらなくてもいいと思うんですね。 そのかわり成果を上げられないとキックアウトされるような入れ替え制に今後はなるだろうと思います。」

薮崎 「なるほど。日本のビジネスの世界は、純粋な成果主義、つまりクビがあるプロの世界になっていないということですね。」

為末 「そうです。そして、別に会社は社員に成長を求めなくてもよくて、今出せるパフォーマンスによって評価して給料が決まるようにすればいいのではないかと思います。で、自己成長も自由でどうぞと。うちの会社も一応5年で卒業というルールにしていて、みんな一生懸命やってくれてますが、今後会社が大きくなると5年間もしかしたらさぼる人も出てくるかもしれないですが、5年後に苦労するのは本人なので、それはそれでいいかなという思いでやっています。」

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変化するのは疲れる

薮崎 「よく聞く話ですが、急成長しているベンチャーへ、大企業から『変化』を求めて入ってきた人が、結局へとへとに疲れてやめてしまうと。変わることは可能だけど、それにはすごくエネルギーが必要なんだろうなと思います。」

為末 「変化するのは疲れますからね。壁にぶつかっていろいろ不満を感じる場合、思い込みとかで自分で自分を縛ってしまっていることも多くて、ちょっとした成功体験とか「こうすればこうなんじゃないか」と思う瞬間、つまり変化の兆しさえあれば、突破できるものだったりもします。ただ、変化に適応していくということ以外に、自分に合う場所を選んでいくという選択肢もあるので、自分が変化に対してどういうタイプなのかを一度考えてみるといいですよね。」

薮崎 「私は、変わらないことが怖すぎていろいろ変えたがるタイプなのですが、人によって変化への受容度はまったく異なると感じます。そこを理解しておかないとお互いに疲弊する場面ってありますね。」

為末 「選手にコーチングするときに はたから見ると『あ、こいつ、こうやると絶対よくなるのに』っていうことが明らかにわかっているのに、本人だけが頑なに抵抗するっていうことが結構あるんですよ。」

薮崎 「結果がほしいのであれば、まずはそれに向けてあらゆることを試してみるべきなんですけどね。その人は愚痴を聞いてほしいのか、本気でアドバイスがほしいのかをきちんと認識していないと、『いろいろ理由をつけて結局やらないのか』と不満だけが溜まってしまいます。」

為末 「自分にとって一番重要なものはなにかということは、はっきりさせないといけないですよね。タイムを縮めたい、ということが一番重要なら自分のこだわりを捨ててでも、一度はアドバイス通りにやってみるべきでしょう。そう考えると、人が変わっていくのに、『素直さ』って重要なんですよね。」

薮崎 「あと、変化しようとすると、やってもやってもうまくいかないときがありますよね。そうしたとき、あきらめたくなる瞬間を超え続ける、『やり続ける力』が必要だと感じます。ただ、多くの人は、やり続けるためには高いモチベーションとか野心が必要だと捉えているように感じるのですが、それに対して違和感があります。私は、しんどいけれどもそんなに無理している感じではないので。」

為末 「心理学で面白い実験があるのですが、けん玉でだんだんやることを難しくしていくと、あきらめる人間と続ける人間に分かれるんです。その一番の違いは何かと言うと『リアクションが大きいこと』なんです。あきらめる人は、失敗した時のリアクションが大きいそうです。失敗した時に『あそこはああやっておけばよかったんだ』ということに興味がいく人と、失敗した、負けたということをどーんと受け止めてしまう人に分かれるのではないでしょうか。そしておそらく後者の人は、何回かパンチをくらうとモチベーションが下がって、前者の人は『次はこうやればいいんだ』『今度これつぶせばいいんだ』とアイデアがどんどん浮かんで、変な話、元気になっていくのだと思います。」

薮崎 「その通りだと思います。改善すること自体が楽しいんですよね。」

為末 「『たぶんこうやるといいだろう』とか『たぶんこういうことじゃないか』と、仮設を立てて、それを検証していくこと自体を楽しめることが必要なんだと思います。」

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※インタビュアー:薮崎 敬祐(やぶさきたかひろ)株式会社エスキュービズム代表取締役社長 2006年にエスキュービズムを創業し、IT、家電、自動車販売など様々な事業を展開。「あったらいいな」ではなく「なければならない」領域に、新しい仕組みを提案している。

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