テクノロジー加速時代の企業戦略のすゝめ:一橋大学・楠木建

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AIやIoTなど、テクノロジーの進歩が加速度的に早くなってきている現代。こうしたテクノロジー加速時代に企業はどのような戦略をとるべきなのか。大ベストセラー『ストーリーとしての競争戦略』の著者である、楠木建教授(一橋大学)に、これからの企業戦略のあるべき姿についてお伺いした。

テクノロジーとは「人間技能の外在化」

薮崎 「AIやIoT、仮想通貨や自動運転など、様々なテクノロジーが加速度的に進歩している一方で、企業やひいては人間がその速さについていけていないように感じます。テクノロジーと企業・人は、どのようなストーリーとしての関係を築いていくべきなのでしょうか。」

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楠木 建
一橋大学教授。専門は競争戦略。著書に『「好き嫌い』と才能」(東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たったひとつの仕事の原則』(ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(プレジデント社)、『経営センスの論理』(新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(東洋経済新報社)など。

楠木 「僕が考えるテクノロジーの定義は、もともと人間が保有していた技能なり人間が行っていた活動の外在化です。」

薮崎 「外在化ですか?」

楠木 「そうです。要するに、『人間から外在化された人工物』というのがテクノロジー(技術)です。この定義というから成り立ちとして、大半のテクノロジーの目的は、コストを下げることにあります。」

薮崎 「なるほど。確かに、よく『人間の排除』だという捉え方をされますね。」

楠木 「排除というより、部分的な代替ですね。外注というかアウトソーシングといったほうがいいかもしれない。これは新しい話ではまったくありません。産業革命期の『機械化』にしても原理的には同じです。つまり、人がやっていたものやことの外在化です。人間が行うと費用が高くなるし、そもそもある方面では人間のパフォーマンスには一定の限界があります。重いものを持ち上げるとか速く走るという、人間の持っていた能力が産業革命で機械や装置に外在化されたのと同じことです。」

薮崎 「なるほど。人間の能力の代用、もしくは拡張ということですね。」

楠木 「たとえAIなどのテクノロジー自体が新しいものであったとしても、そういったテクノロジーの本質は変わらない。企業にとってのテクノロジーの意義は、そうした本質を踏まえて、いかにそれを商売に利用するかということにあります。そもそも僕は、企業にとって長期利益がその企業が優秀かどうかの通信簿だと考えています。拝金主義ということではありません。普通に競争がある市場経済では、それが最も多くの価値を反映している尺度だと思います。利益が出ているということが、独自の価値を創っているということの一番の証明になります。企業活動ができる最大の社会貢献は納税です。儲かっていなければ納税もできないですし、稼ぐ力がなければ雇用もつくって守れない。」

薮崎 「話は逸れてしまいますが、長期と言った時の時間軸というのは、どれくらいが一番適切なのでしょうか。1年なのか3年なのか、10年なのか。」

楠木 「それは業界や商売、経営者の構想に依存するので一概には言えませんが、3年から5年といったレンジが普通なのではないでしょうか。次の四半期の数字はない、ということです。一方で、10年先のことはほとんどの場合分からない。」

薮崎 「外部や社員に対して、半年後や1年後などはある程度読めているので話をしやすくて、10年後については大きな話になるのでしやすいのですが、3年先くらいの話が一番難しいと感じます。一方で、特に社員は3年先の話を一番聞きたがりますね。ただ3年という期間は、それぞれの時間をコミットしないといけないのに対し、不確実性が一定レベルあるため、経営者としてはなかなか説明の仕方が難しいなと思います。IT業界という特性もあるのでしょうけれども。」

楠木 「そうですね、それもやはり業界に依存しているでしょうね。たとえば今だと、仮想通貨の取引所の商売なら3年先など到底考えられないだろうし、考えても意味がないことが多い。逆に、インフラなどの公共事業を行う経営者は、10年後といっても中期くらいの時間認識かもしれないですね。長期って何年だと問われると、物理的な時間での回答は難しいですが、経営者は自分の中で長期というとこれくらいかなというイメージがあると思います。そして長期にわたって持続的に利益が出る、つまり人がそれに対してお金を払いたいと思う水準よりもそれにかかるコストが下回るようにもっていく。これが経営の根本ですね。」

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これからのテクノロジーで企業が目指すべきものはWTPである

薮崎 「話を戻しまして、テクノロジーを活用して長期利益を出すために、どのようなことが企業に求められるとお考えでしょうか。」

楠木 「先ほども申し上げたように、テクノロジーのほとんどがコスト低減を向いています。それはそれで技術の本領なのですが、これからテクノロジーで企業が目指すべきなのは、どうやったら顧客のWTP(Willingness to pay:支払意志額)が上がるのか、ということだと思います。」

薮崎 「なるほど。コスト削減ではなく、いかに付加価値を出すかということですね。エスキュービズムは小売業界を中心に課題解決を多く行っているのですが、『”ECで””RFIDタグで””セルフレジで””IoTで”なにかしたい』と相談される場合、究極的にはコストを下げることを目指されていることが多いです。本当は、どうやってアマゾンに勝つか、どうやってアマゾン以上の価値や体験を提供できるかが大切なのですが。」

楠木 「もちろんコストを下げることは大切で、それをやれば当然売上も増えるんですけれども、コスト低減には終わりがある。ゼロを超えることはできません。商売の本筋はWTPの増大にあります。」

薮崎 「同感です。ただなかなか難しいなとも思います。実は家電でもIoT家電を作ろうとしていたのですが、家電をネットワークにつなげても、コストは上がるのに、なかなかWTPが上がるわけではないということが大きな壁になります。テクノロジーでWTPを実現できている企業で、楠木教授が注目している企業はありますか?」

楠木 「WTPの増大は、日本のように成熟した国の企業が向かっていくべき課題だと思います。成熟は、『もう欲しいモノがない』という満腹感をもたらします。それでもお金を払ってもらうためには、コストを下げるだけではなく、いかに価値を感じてもらえるかが重要で、ここに挑戦課題があります。そういう視点で見ると、新しい企業の中ではSHOWROOMがやろうとしていることは非常に面白い。」

薮崎 「なるほど。生きるために必要だから、という観点ではなく、お金を払ってでも買いたい、体験したいと思われるサービスや製品を提供するということですね。ただ、現状において、本質的なところでWTPが実現できている企業は少ないように思います。」

楠木 「僕がつくづく不思議だなと思うのは、売れるものがないとか、ものが余っているとか、コモディティ化で儲からないとか嘆く経営者がいるでしょう。しかし、もしそうだとしたら、それこそが過去の企業活動の最大の達成なんですよね。みんなが『モノが足りない。貧困だ。』と苦しんだ時代もあったわけです。松下幸之助の水道哲学等が有名ですが、今は公園にある水道の蛇口をひねれば水が出てきて、それを誰も咎めないでしょう。それはなぜかというと、十分にコストが安いからで、大量に供給できる状態を作り上げた先人達がいたからなのです。こんな幸せなことはないと思います。」

薮崎 「今までの企業としては、それを目指して活動してきたと言えますからね。」

楠木 「コストを下げることも大切ですが、それだけだとプレーヤーも多いし技術も汎用的になっているので、選ばれる理由にはなりづらくなっています。だからこそWTPの方へ挑戦しているか、というのは、いろいろ企業を見る時に僕が大事にしている視点ですね。」

薮崎 「自動車業界においてはどうでしょうか。エスキュービズムは中古車事業にも取り組んだことがあるのですが、EVはWTPになり得るのでしょうか。」

楠木 「EVは、コストもWTPも両方あると思います。実はEVという技術自体はものすごく古い。ガソリンエンジン車より古いのです。フォードが一番最初に取り組んだのは、電気自動車ですからね。直感的には内燃機関よりも電機のほうが機械としては自然ですよね。当時の技術でも距離にして数十キロは走ったそうです。ただ量産する際にコストがまるで合わなかった。」

薮崎 「フォードというと1900年初頭ですね。その頃ですでにそこまでのテクノロジーはあったのですね。EVや水素自動車などの新しい自動車によって、例えばこれまで移動しなかった目的に対して人が移動するようになるとかになってくると面白いですね。」

楠木 「そうですね。『電気自動車の方がコストが安いんだよ』というだけでは、新産業の創造にはなりえない。」

薮崎 「よくわかります。そうなるとコスト勝負になってしまうのですよね。テクノロジーでコスト削減を目指すか、WTPを目指すかという方針は、次の一手に大きな違いが出てきます。」

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※インタビュアー:薮崎 敬祐(やぶさきたかひろ)株式会社エスキュービズム代表取締役社長 2006年にエスキュービズムを創業し、IT、家電、自動車販売など様々な事業を展開。「あったらいいな」ではなく「なければならない」領域に、新しい仕組みを提案している。

テクノロジーが進歩しても、そんなに新しいことは起きない

薮崎 「テクノロジーの進歩が加速していますが、いろいろな人が『将来はテクノロジーによってこんな劇的な変化が起こる』と言っています。これからのテクノロジーに対してどのように見ていらっしゃいますか?」

楠木 「僕が申し上げたいのは、新しいテクノロジーが出てきたとしても、『人間にとって本質的に新しいことはそれほど起きない』ということです。今いろいろなテクノロジーに関して、単純進歩主義的な意見が多いと思うんですよ。まったく世の中が変わるとか。僕はそういう立場をとりません。いまこそ歴史に学ぶ必要があると思います。産業革命が起きた時のイギリスの言説とかですね。近いところだとインターネットが出てきた1990年代前半の言説をみてみると、驚くほど頓珍漢なことを言っている。ようするに、テクノロジーによって人間の持っているものが外在化されても、それは人間そのものを変えることにならないということですよね。たとえばインターネットの普及とともに、食べログなどの情報サイトが出てきて、それは非常に効率のいいものだし、今まで知らなかったお店を知ることで人々が外食にお金を使うようになるというWTPを上げる点もありました。だから素晴らしいサービスだと思うんですけれども、飲食店のサーチとか予約するという行為が一部外在化したとしても、肝心の“食べる”ということ自体を外在化したいっていう人は当面出てこないと思うんですよ。誰かに代わりに食べてもらいたいという人はいない。」

薮崎 「確かに”走る””書く”など、すでに外在化できるようになっていても、それ自体を楽しんであえて外在化しない人たちはいらっしゃいます。また、自動車も自動運転に進むとしても、運転するということが好きな人は今後もある程度残るでしょうし。」

楠木 「つまりどんなに外在化できるようになったとしても、『人間が絶対離さないもの』があるのです。それが真のニーズです。そう意味で、僕はテクノロジーっていうのはもちろん大切なんだけれども、一定の限界があると考えています。外在化できないからしていないんじゃなくて、したくないっていうものが一番価値があるんですね。たとえば洋服に興味がある人は、洋服をサーチするプロセス自体に楽しみを持っているでしょう。今、アマゾンを利用すればサーチするコストは下がるし、これからAIで『あなたに最適な洋服をまとめて提案して売ります』っていうサービスが出来るかもしれません。それでも、本当に洋服が好きな人はそういうものを使うだろうかと思います。自分が一番楽しいと思っているプロセスを失うことになるので、いやそれはちょっと勘弁してくれってなると思うんですよ。もちろん洋服に興味ない人は、そんな変なじゃない洋服が低コストで提供されるおまかせサービスを使うかもしれません。それはその人のニーズのありように依存しますが、要するに、人間が絶対離したくないものがなにかということを考えることこそがテクノロジー加速時代に必要なことではないかと思います。」

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