塩﨑 「近畿大学(以下、近大)は、面白い広告を作る大学としても知られていて、2014年にマグロが山から頭を出しているデザインにつけたコピーが「固定概念をぶっ壊す」でした。このように大学の常識にとらわれない教育・研究活動を行っています。星野リゾートもとてもユニークな経営をされていると感じます。新今宮への進出については、関西でもかなり話題になりました。星野さんは、もともとホテル業界を目指されていたのでしょうか。」
星野 「真剣に考え出したのは大学からです。実家が長野県軽井沢で株式会社星野温泉という旅館を経営していまして、4代目として家業を継いだのです。ただ、小学校の時はスピードスケート、中学校からはアイスホッケー中心の生活で、ほとんど勉強していませんでしたね。学校に行っていた時間よりも、練習していた時間の方が長かったと思います。」
塩﨑 「そうなんですね。実は私も星野さんと同じく体育会系でして、ずっと合気道をやっていました。
実は医者になるべきか合気道をやるかでずっと悩んでいたんです。ただ腰を痛めまして、それがきっかけで医者の道を選びました。大学卒業後の1978年に、西ドイツのハイゼンベルク大学に留学したのですが、客観的に日本の医療の状況を認識できたことはよかったと思います。」
星野 「外から見るからこそ価値がわかることは多いですよね。実家の旅館は、建物も古めかしく毎晩騒がしかったりで、『かっこわるい』とずっと思っていて、ハワイやカリフォルニア、ニューヨークのホテルは『かっこいい』し、日本に持ってきたいと思っていました。大学卒業目前で家業を継ぐことを意識し始めて、ホテル業を学ぶために1984年にコーネル大学に入学しました。グローバルの環境にいると、否が応にも自分が“日本文化”を背負っていて、周りから期待されているのもそういう日本らしさなのだと痛感しました。表層的に外からかっこいいモノを持ってきても、中々認められないのです。だから私の使命は『外からかっこいいホテルを持って来るのではなく、日本のホテルをどうかっこよくするか』だと思っています。
星野 「塩﨑さんはステージ4の胃がんを患いながらも克服した、とお聞きしました。」
塩﨑 「毎年必ず健康診断は受けていたのですが、病院長として多忙だったためその年だけ検査を受けなかったんです。そうしたら、もし内視鏡で見ていれば絶対に見逃さないようなところにガンができていたんです。最先端のがん早期診断システムの機器チェックで私自身が実験台となった際に発覚して、自分自身がそういう人を何人も手術してきたので、もう絶望的だということは一目でわかりました。
星野 「そこからどう克服されたのでしょうか。」
塩﨑 「最初は、病院の関係者に『なにもしないでいく』と伝えました。しかし検査結果が出そろうまでの1週間のうちに『なにか外科医として出来ないか』という思いも出てきました。日によって時間によって考えがころころ変わるのです。今まで医師として即断することを訓練されてきましたが、この時ばかりは期限を決めてじっくり考えることの重要性を知りました。だから患者さんにもすべて説明をして、必ず1週間後にはまた話をし直すようにしています。すぐには答えが出せない重要な問題には、そういうことが大切だというのがわかりました。そこから独自の治療方法を模索して、ガンに打ち勝つことが出来ました。ガンが発覚してから、そろそろ12年になります。
星野さんは、応えを出すことで工夫されていることはありますか?」
星野 「集中できることのみに集中する、ということを意識しています。『応えを出す』ということは多少なりとも負荷がかかるものです。仕事の中には、好きなものと嫌いなものがありますよね。特に嫌いな仕事は、ストレスにもなるし、結局生産性が上がらず効率的ではありません。そのため、自分が嫌いな仕事はそれを得意な人にまかせて、できるだけ好きなことをしようと決めています。例えば会議なんかも、自分が出なくていい会議は出るのをやめるようにしています。自分が付加価値を与えられるものだけは、参加するようにしているので、楽しいですよ。夜の会食などもほとんどいかないですし、ゴルフもしません。しかも、そうするとほとんど休憩時間がいらなくなるのです。すべてが楽しくて夢中になれるので。逆に、嫌なことをしていると休憩時間が必要なのです。」
塩﨑 「1日1食とのことですが、仕事に支障はないのですか?」
星野 「ほとんどないですね。『お腹が減ったな』と思うのは、むしろ何もやることがないときです。何かに集中していて、熱くなる会議ってあるじゃないですか。そうした時は、『お腹が減った』なんてことは完全に忘れていますね。星野家は心筋梗塞家系で、80歳まで生きた人間がいないので、血圧とコレステロールに気をつけるうちに1日1食のスタイルになりました。あくまで私だから合っているのだとは思いますが、お昼も食べなくて済む上、むしろハングリーハイと私が呼ぶ、頭がすっきりとした状態になるのです。
ただ、私に同行するアシスタントはきついかもしれません。月の半分は出張で、一緒に行動すると 私はお昼を食べないですからね。自分で何かを食べるように工夫しなければならないので、タイミングを見計らうのが難しいと思います。」
星野 「近大は入学式を盛大に行ったり、『超近大プロジェクト』というキャンパス整備など積極的に行われていますが、その狙いについてお教えいただけますでしょうか。」
塩﨑 「学ぶ環境を作ってあげることを重視しています。つんく♂さんのプロデュースで話題になった入学式ですが、これは不本意入学生への対策です。不本意入学とは、第一志望ではなく近大に入学することになった学生のことで、中には入学後休みがちになり退学する学生もいます。新入生の3割くらいは不本意入学生なのですが、最初にモチベーションを上げてもらうために試行錯誤を重ね、あのような入学式になりました。他にも親が子供の講義への出席状況を確認できる『保護者用ポータルサイト」を作ったりもしています。もちろん賛否両論あることはわかっていますが、入学式についてのアンケート結果は非常に素晴らしくて、『近大に来てよかった』という声に溢れています。
退学率も2008年度では年間で3.2%だったものが、2015年度では0.9%まで下がっています。実際に『学ぶ』かどうかは学生に任せますが、『学べる』機会はできる限り用意してあげたいのです。」
星野 「それは非常に共感できます。星野リゾートも社員の能力を上げようとか、社員の能力を高めてもらおうという意志は、会社として持たないようにしているのです。自分の能力を上げたいかどうかは、本人に決めてもらおうと。今の時代は、能力を上げてマネージャーになって総支配人になりたいという人もいれば、最前線で『私はこの接客だけをしていたい』という人もいます。その自由度を許容できる会社になろうと考えています。」
塩﨑 「いろいろな選択肢を許容できる組織にすることが大事だと思います。ただそうすると給与体系が複雑になると思いますが、どのように決定しているのでしょうか。」
星野 「顕在化された能力を評価して給与を決めています。この役割をしてもらっているならいくら、という形です。我々のホテル業の場合、1人の力で売上が上がる・下がるということがほぼないので、結果の成果で給与を決めることは考えていません。また、もし年功序列を採用すると、報酬が上がると能力も上げることが義務になってくるわけです。だから『給料が上がっているのだから、能力も上げていかないと採算が合わない』という話になってしまいます。もちろん能力を上げる機会は提供しますが、私たちが無理やり集めて研修して、『あなたが来年までにここまで出来るようになってもらわないと困ります』というようなことは、できるだけやめるというのが基本的な考え方です。そのほうが長く働いてもらえると思っています。
やりたいことをやっていてもらうことが、仕事を長く続けてもらえるポイントで、それを無理やり『あなたは将来こうあるべきだ』なんて決めてしまうと、窮屈になります。ある程度自分のキャリアは自分で考えられるような自由度を許容できる仕組みを作っています。」
塩﨑 「ただ『学ぶかどうかは各々に任せる』としたとき、時には冷徹な制度になってしまう可能性があります。そうならないように近大は、『面倒見の良さ』にしっかりと取り組んでいます。過保護すぎるとも言われますが、こうしたウェットな関係をつくることが重要で、一握りでも本当に必要としている学生に応えられるようにしています。たとえば、近大の自習室は24時間空いています。学びたいときに存分に学んでほしいと考えているのです。学歴と学校歴は違うと思っていまして、学校生活で何をどれくらい学んだかが学歴で、これからの時代では本当の意味での『学歴』が大事なのではないでしょうか。」
星野 「ウェットな関係作りはその通りですね。星野リゾートでは入社式で、『契りの儀式』というものを行っています。各新入社員の手形を取って、入社するとはどういう意味なのかを説明するのです。
社員と経営者の関係について、法律として労働基準法や就業規則はあるけれども、それだけではなく、それを超えて対応すべきことがあると考えています。事件が起こった時に「仲間」として行動できるかどうかが大事なのです。たとえば社員が病気になった時、法律上は2ヶ月経ったら給料を払わなくていいとなっているけれども、本当にそんなことをしたら困りますよね。社員には就業規則を越えたコミットメントを求めています。『手形を押すのならコミットする覚悟を決めてください。そうでないのならこのまま帰ってください。』と言っています。」
星野 「稼ぐ大学と呼ばれていますが、どのような利益構造になっているのでしょうか。」
塩﨑 「企業の収益に相当する事業活動収入は1356億円(16年度)です。受験料・授業料は4割弱で、寄付金、補助金、収益事業などです。超近大プロジェクトと呼ぶ東大阪キャンパスの整備には、総投資額として500億円程度見込んでいます。どこからも借り入れをすることなく、すべて手元資金でまかなっているのです。
また、研究資金は自前で調達する考えでやってきたため、2015年度の民間企業からの受託研究費受入額は3億4665万2千円で、慶応義塾大学、早稲田大学に次いで全国3位の実績です。豊田通商やサントリーグループなどの大手企業とも一緒に取り組む一方で、東大阪市の松田紙工業という会社と文芸学部の学生がデザインしたダンボールのおもちゃ「ダンボールテント」を開発したり、UHA味覚糖と「ぷっちょ 近大マンゴー」。エースコックと「近大マグロ使用 中骨だしの塩ラーメン」を作ったりと、様々な企業と産学連携を積極的に進めています。東大阪という土地を活用して、社長さんに集まってもらって我々の研究を知ってもらい、一緒に新しい製品を共同で開発するようになるようにしています。」
星野 「それはすごいですね。近大の強みはどこにあるのでしょうか。」
塩﨑 「『実学×総合』というのは近大の強みの一つだと思います。開発やモノづくりだけでなくデザインやネーミングまで一貫してできる大学はなかなかないのではないでしょうか。近大リエゾンカフェという、産業界と大学が気軽につながれる場所も作っています。1つ1つの学部の『点』だけでなく、それらを連携させて組み合わせた『面』として、世の中と接していることが近大らしさを作っているのだと思います。最近は『総合商社のようですね』などと言われたりもします。」
星野 「なるほど。観光やサービス業も、総合力というか『面』で世の中と接しなければならない領域です。スタッフ1人1人がお客様とダイレクトに接しますから、そこで重要な情報が入ってくるし、そのスタッフがアルバイトであろうが社員であろうが、マネージャーであろうが、接した瞬間に星野リゾートとしてお客様は評価します。だからこそ最前線のスタッフ1人1人に経営判断を委ねる必要があるのです。そのためにも星野リゾートという組織にコミットしてもらう必要があるのです。」
塩﨑 「そうですね。どこまで組織にコミットしてもらえるか、これからの時代の課題になってくるのではないでしょうか。」
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