桜井「今日は弊社の『獺祭』を辻野さんにお土産にしようと思って持ってきました。今日の話にちょうどいいと思いまして。」
辻野「ありがとうございます。廃業寸前だった蔵元を、たった一代でここまで復活させ、日本を代表する日本酒にするまでには、様々なご苦労があったのではないでしょうか。」
桜井「そうですね。獺祭 二割三分を生み出すために、技術的な面だけでなく、“常識”や“周囲の環境”にハードルがありました。」
辻野「当初は周囲からの反対などもあったのでしょうか。」
桜井「『アホか』とか、『磨いても何の意味もないぞ』など散々言われましたね。当時の日本酒業界では、精米歩合で50%以下まで磨いても、価値がないというのが常識だったのです。でも『本当にそうだろうか』と23%まで磨いてみたら、味が全然違っていました。米の芯の問題で、すべての米において、芯が中心にあるわけではないため、磨けば磨くほど余計なものをそぎ落とすことができたのです。最近は『獺祭よりも米をたくさん磨いています』というような酒蔵が出てきたので、業界の常識が変わってきたなと感じています。」
辻野「私がソニー時代から大切にしている『出る杭たれ』というキーワードがあるのですが、新たなものを『つくる』ためには、周りの意見や場の空気ではなく、自分の信じる道を貫いて必ず結果を出す馬力が必要だと思います。桜井さんは、日本中の日本酒メーカーだけでなく、伝統工芸品を作っているような人たちのまさにロールモデルだと思いますよ。」
桜井「『つくる』というのは、最初からは上手くいかないものなのです。上手くいかないから、やってみて失敗しながら直していくしかないと思います。実は今、ジョエル・ロブション氏と組んでパリにお店を出そうとしてるんですけど、それは2017年春だって言っていたのが順調に遅れて夏、下手したら秋になるんじゃないか、となっています。もっと言うなら、そのジョエル・ロブション氏とのパリ出店の話が出てきたのも、失敗から生まれたものなのです。別でパリにお店を出す計画をして、実際に私がパリで物件まで探して出店する準備をしてたんですが、結局だめになり撤退してしまったのです。でもそれがなければロブションと組むという今の話って出てこなかった。まずはどんどん踏み出していって、上手く行かないから失敗して、修正して、というのを繰り返さないと新しいものは出来ないのだろうと思います。」
辻野「失敗に対する捉え方ですよね。失敗も次につなげて、上手くいくところまで粘り強く頑張れば、失敗に見えたことも失敗ではなくなります。良きストーリーになって、成功したあとの美談に変わるわけですよね。特に経営視点だと、会社を存続し続けられている限りは、ある意味失敗じゃないんだと思います。」
桜井「その通りだと思います。あと今、ライスミルクという米ぬかで飲料を作っているんですが、それも当初の計画みたいには全然上手くいっていないです。順調に失敗中ですね(笑)」
辻野「もちろんデータ分析は大事なのですが、昔のソニーは一切マーケット調査をしませんでした。誤解を恐れずに言えば、顧客に媚びない、姿勢ですね。自分が作りたいものを作る、だからこそ顧客が想定すらしない新しい商品を作って、今までなかった全く新しいマーケットを創ることが出来たのです。最初から顧客市場調査とかしてしまうと、顧客が想定した商品しか出てこなくなって、驚きとかサプライズは生まれない。市場調査は必要ないわけではないですが、そのバランスはすごく大事だと思います。短期的な数字、つまり目先の売上のために顧客に媚びてしまうと、私はその商品は将来的にだめになると思います。だから驕ってはいけないけど、媚びてもいけない。難しいところですよね。」
桜井「日本酒業界には、安いお酒を作っている酒蔵も結構あるのですが、すごくわかりやすいのが、そういうところの社長って自社のお酒を飲まない方が多いのです。何が好きかと聞くと『ワインが好き』と。おいおい、と(笑)」
辻野「お客さんからしたら、たまらないですね。」
桜井「たまらないけど、これが現実なんです。だから自分が好きで好きで『やっぱりこのお酒おいしいよなあ』と思うお酒を作らないと、ブランドは出来ていかないと思っています。少なくとも商売は出来るでしょうけれど。かなり前の話ですが、酒造メーカーの夏の集まりがあって参加したのですが、一次会はビアホールで、二次会はスナックかどこかでカクテルなど飲みながらやってるわけです。『日本酒売れないですよね』って。そりゃ、日本酒売れないですよね(笑)。」
辻野「やはりアウトサイダーのすすめというか、変革は辺境からと言いますけれど、本流にいてもなかなか新しいことが出来ないのでしょうか。アウトサイダーになることを恐れないという、そういうことが大事なのだと思います。」
桜井「弊社が獺祭を生み出せたのは、業界内で競争しなかったから、というのも理由としてあると思います。さらに、仲良しクラブみたいなところにも入らなかったし、足の引っ張り合いにも参加しなかった。弊社はすごく山の中にあるので、地域の経済人たちの集まりに入れてもらえなかった。それが逆に良かったのかもしれません。」
辻野「いろいろ介入されたり、こちらも配慮したり気を使ったりしますからね。」
桜井「独自の作り方だったがゆえに、あまり相手にされませんでした。気がついた時には今の地位にいました。」
辻野 「ソニーやグーグルにいて感じたこととして、グーグルやアマゾンの様なプラットフォーマーに対して、日本勢はプレーヤーだということです。今や、ハードもインターネットやプラットフォームと組み合わせになっていないと意味がない時代ですが、日本勢は相変わらずデバイス中心志向で、プラットフォームに弱いのが現状です。」
桜井「私達酒蔵もそれに近いところがあります。日本人は、デバイスを一生懸命高めることに必死になりすぎると感じます。」
辻野「私のソニーでの最後の仕事として、ウォークマンがiPodにやられた時に、ソニーとして巻き返しを図ろうとしました。しかし、もともとウォークマンをやっていた人たちからは、『バッテリーの寿命を長く』『音質を良く』『ウォータープルーフにする』といったデバイス単体の競争力を高めるような意見が主流で、『デバイスのスペックで勝てば勝てるんだ』という固定観念には根強いものがありました。しかし事の本質は、『iPodやiTunesがパーソナルオーディオの概念を根底から変えてしまった』ということをまず理解する必要があったわけです。」
桜井「他の酒蔵が、獺祭の2割3分に対抗して『二割二分』を作ったことと同じですね。大局的な考えもなく、そこを突き詰めていくというのは違うと思っています。」
辻野「どこまでもデバイスの性能や品質を追及していくことはすごく得意なんですよね。獺祭だけでなく、日本食や伝統工芸品など生活文化産業においても、その全体を包含する日本文化とか日本の生活産業みたいなプラットフォームがあって、そこと関連付けることによって価値がさらに上がる、そういうことだと思います。でもなかなか作り手側にはそういう意識がないんですね。私も伝統工芸品を作る作家の方々とさまざまお付き合いしていますけど、同じ業界の中でも足を引っ張り合うみたいなところがありますね。」
桜井「酒造メーカーもそうですね。」
辻野「本当は、皆がもうちょっと視野を広げられたらいいのですが。今まで一つ一つの点で頑張っていたけれども、一つのプラットフォームに集まって、日本の生活文化産業を一緒に発信していくというような視点があると、世の中の一つ一つの点が面となってさらにバリューアップすることになっていくと思っています。ただ、なかなか簡単じゃないですね。」
桜井「デバイスにこだわるというのも、『改善』が得意だというところに起因していますよね。改善が日本の特長になる場合とだめになっていく場合があると思います。」
辻野「そう、たゆまぬ改善の努力はすごく大事なことです。しかし、そもそも日本とアメリカではアプローチに違いを感じます。日本的カイゼンは、作り上げた土台を日々良くしていくという、過去・現在の延長線上に未来を作っていく延長線的イノベーションです。一方、未来の課題を見据え、それを解決するために今から準備を始めるというアプローチで不連続な破壊的イノベーションを起こすというのがアメリカ流ですね。グーグルもそうでした。」
桜井「アメリカ流は、タイムマシンに乗って現代に来た未来人のつもりで考えるということですね。」
辻野「イーロン・マスクは、2050年を考え、その時代には地球の人口が100億近くまで膨れ上がるという予測を知り、それだけの人が地球に住むのは無理だろうと結論付けて、火星などに人を移住させなければならないと発想し、宇宙開発を民間でやり始めた。ただ、その前に地球環境が悪化して人が住みにくくなることを想定して、ガソリン車を淘汰するために、電気自動車のテスラモーターズを作ったんです。」
桜井「全く逆の方向からのアプローチですね。日本人は延長線的イノベーションがすごく得意ですよね。」
辻野「延長線的イノベーションやカイゼンは大事だけど、破壊的イノベーションとの組合せが大切ですね。スティーブ・ジョブスがiPodやiPhoneでやったことは創造的破壊だけど、その後のアップルは延長線的イノベーションに留まっています。それと、当然、アメリカ流が無条件に優れているわけではないので、日本人ももっと自分たちに自信をもって自らの強みを知り、変なことをしてその強みを棄損しないようにする必要がありますね。」
辻野「日本には、伝統的に素晴らしいものをつくるのに長けた方がたくさんいますよね。でもそれをしっかりと海外にも展開できているのは、桜井さん含め一握りだと感じます。たとえば、ロンドンに有名な日本食のレストランが二、三軒ありますが、シェフは日本人なのにオーナーはどこも外国人。今、 ALEXCIOUS というオンラインサイトで、日本の優れたものを海外に紹介・販売しているのですが、江戸時代から明治にかけて作られた美術工芸品など、いいものはほとんど安く買い叩かれて海外に流出していることを知りました。せっかく価値あるものを多く生み出してきたのだから、外国人に買い叩かれるのではなく、自分たち自身で世界に向けてビジネスとしてプロデュースしていくことをもっと積極的にやっていかないと、日本が生み出すものが海外の人たちの儲けの材料に使われるだけで、生活文化産業などはなかなか輸出産業として育っていかないのではないかという危機感があります。」
桜井「我々酒蔵って、海外に本気で出ていかなかったんですよね。日本の酒蔵って、まずは海外のマーケットをリサーチして、それからどうするか考え悩んでから進出しようとするところが多いです。私は、とにかく出てしまえ、と行動したのです。『獺祭がなんであんなに海外で売れたんだ』と聞かれると、『それはうちが売る意志があったからです。』と言っています。悩んでいるよりも、まずはやってみて失敗しながら進んでいくという、強い意志がないからほとんどの酒蔵は売れないのだと思います。」
辻野「これから先、成熟国家となった日本の世界における役割はなんだろうと考えた時に、日本の生活文化産業をもっと世界に出していかなきゃいけないと考えています。」
桜井「海外進出は一つのチャンスになると思います。海外に出ていくって大変です。語学が出来ればお酒が売れるわけではないのです。海外の文化・社会が分かって、かつビジネスが出来ることが必要でしょう。おそらく失敗の連続になると思いますが、そこがすごくいいところで、ためになるところだと思っています。」
辻野「これからトライアンドエラーしていくということですね。逆境は、冷静に考えれば大変な状況だけれども、それを敢えてチャンスに繋げていく。こういうことが世の中を変えていく原動力になるのだと思います。」
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