辻野「経営という視点では、資金が底をついてしまったら会社はつぶれてしまいますけれど、会社を存続し続けられている限りは、失敗とは言えないと思います。」
桜井「実際にどうにもこうにもならない時期を過ごした体験から言うと、おっしゃる通りで、企業は金繰りだと思います。金操りさえなんとか続いたら、あとは周りに何と言われようと、なんとかなるんです。何より大事なのは金繰りなんです。」
辻野「私は、銀行から借金だけはしないようにしています(笑)。借り入れは一切しません。とにかくどんなに厳しくても、銀行から借りる手段以外の手法で資金繰りを算段してきました。ただ、株主などに納得していただくためのビジネスプランは、現実にその通りにいくかというと、初日からそうはいかないです。」
桜井「そうですね、確かに(笑)」
辻野「変な表現ですが、うまくいかない時に、恍惚状態になれるのが経営者の特徴ではないでしょうか。普通は計画通りにいかないことが続くと弱気になって心が折れたりしますが、思い通りにいかないほどアドレナリンが出てきて燃えるのが起業家の資質だと思います。」
桜井「何か困った問題が起こったら、『ああ、やったやったやった』みたいな『ここは経営者としての腕の見せ所だろう!』ということは感じることはありますね。銀座に直営店をオープンしているのですが、これも思ったほどは売上がいってないので、順調に失敗中です。ただ、会社の経営者として金融的な失敗にならないようなバックボーンだけは作っています。だからこそ、現場の担当者ももっと失敗であることを認めていいと思います。自分で『失敗してるんだ、今』とか言ってね(笑)」
辻野「チャレンジする人や起業家は、絶体絶命や逆境の真っ只中にいる、という状況にたびたび遭遇します。しかしそういう人たちは、絶体絶命だとは思わず、チャンスだと思うのですよね。そして実際に結果的にチャンスに変えていく、そういう力がある人が世の中を変えていくのだと思います。」
桜井「そうですね。米の売上が落ちていて米自体は余って困っているのに、山田錦は足りないという状況が数年続いています。『山田錦が足りない』とあちこちで言っていたら、様々な所からプレッシャーを受けました。日本酒業界の人達からは『獺祭が山田錦を買い過ぎるからだ。我々はいじめられている』と非難されました。私も最初は気づかなかったのですが、逆にそれが大きな宣伝、広報活動になっていたのです。私が『山田錦が足りない』とあちこちで言って歩くだけで、『獺祭買ってよ』と言うより数倍意味があったのです。」
辻野「ピンチに遭遇しても、しめしめと思って乗り越えて、それを積み上げていくことが参入障壁というか、自社のコアコンピタンスになっていくのですよね。」
辻野「ただ、一人で事業を立ち上げることはしんどいと感じました。私は実質的には一人で今の会社を立ち上げたので、最初の頃は、誰も相談相手がいないし愚痴る相手もいなくて結構しんどかったです。今では苦楽を共にした優秀で信頼できるパートナーに恵まれていますが。」
桜井「前に進みすぎていたら逆に引き戻してくれたり、時には防御に回ってくれたりと、そういう存在がいると助かりますよね。」
辻野「得てして、創業者には、アイデアが豊富でイケイケどんどんなタイプが多いと思います。しかし「入るを量りて出ずるを制す」の「出ずるを制す」というところに弱かったりするので、そこをちゃんとフォローしてくれる番頭さんのような人がついてると、すごくいい組み合わせになるのでしょうね。」
桜井「弊社みたいな100億円クラスの企業だったら、糟糠の妻というパターンはあります。なにかの宣伝で、奥さんは絆創膏貼って一生懸命仕事しながら、旦那はゴルフに行く、みたいな感じですね。」
辻野「のろけていらっしゃいますね(笑)」
桜井「『これ言いたいけれど、経営者の自分が言ったらまずいだろうな』ということもけっこうありますからね(笑)」
辻野「破天荒な創業者と、堅実な番頭さんみたいな組み合わせは、経営の上で理想的なのかもしれないですね。ソニーなら井深大と盛田昭夫、グーグルならラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンなど、わりと成功している企業には、才能に溢れた二人の共同創業者の組み合わせという例が多いように思います。さらに、シリコンバレーでは、ベンチャーキャピタルがプロ経営者と呼ばれる人を送り込みます。グーグルの場合は、エリック・シュミット。才能に溢れた天真爛漫な二人の子供達に大人の後見人をつけるみたいなイメージです。エリックはそれこそプロ経営者で、経営に関してはよちよち歩きだった二人の創業者を支えたという貢献は大きいと思います。」
桜井「プロ経営者は、主には番頭の役目を果たすですね。」
辻野「そうですね。それと、プロ経営者というと、業績が悪くなった企業を立て直す「再建屋」のイメージもありますね。コストカットして出血を止め、経営数字を短期間で回復させるようなプロフェッショナリズムはもちろん貴重なのですが、本来の意味でのプロ経営者とは、立て直した後の企業をさらに発展させる成長戦略、まさに『その先へ(注:獺祭の銘柄名)』とセットで実行する力の持ち主であることが必要なのだと思います。」
辻野「2016年10月に会長職になられましたが、事業継承として企業のDNAをどう引き継ぐか、一方で今後どう革新していくかなど、桜井一宏社長に伝えていることはありますか。」
桜井「私が親のやり方を否定したから、今の旭酒造があります。おそらく今の社長は、私と同じことをやっても、私より絶対下手だと思います。だから別のことをやるしかない。そういう意味では、色々やってみた方がいいと考えています。今なら様々な面でフォロー出来ますから。」
辻野「継承していく時に、根幹の技術や企業のDNAは同じでも、代ごとに意識的に新しいことにチャレンジしていくというのはすごく大事なことなのではないでしょうか。」
桜井「『続く経営』というのは、先代と違うことをしない限り続かないと思います。虎屋さんは室町時代からありますが、その当時は小豆などないはずです。それが今では『ようかんの虎屋』などと呼ばれています。もしかしたら次の代は、カフェの虎屋かもしれない。それでいいのだと思います。」
辻野「私がお付き合いしている地方企業に、新潟の三条市の鍛冶屋で4代目の小林さんという方がいて、同じようなことをおっしゃっています。世代ごとに全く違うヒット商品を作るようにしているそうです。彼は爪切りを作って非常に売れていますが、先代は栗の皮剥きをヒットさせたそうです。継承していく時、同じ事でも、世代ごとに意識的に新しいことにチャレンジしていくというのはすごく大事だと思います。」
桜井「日本人のいいところは残していくし、変になっているところは直していかないといけないと思います。」
辻野「今の日本企業のガバナンスを巡る動きには、グローバル化に合わせて、欧米型のガバナンスにどんどん切り替えていくムードが強く危惧しています。日本的な独自のスタイルの中に秘められた上手さとか強さを改めて棚卸して、それは尊重していかないと、知らず知らず自分たちがもともと持っていた強味を毀損して弱体化することにもなりかねないと思います。」
桜井「全部変えてしまうと大事なところまで変わってしまいますからね。弊社は、祖父の代の明治年間に今の酒蔵買っていますから、100年くらいの歴史があります。ただ日本酒業界にどっぷり浸かっていますと、昨日と同じことをやろうとするのです。楽だから。しかも、自分たちが勝手に解釈した『昨日と同じこと』をやろうとし始めるのです。」
辻野「昔のものを表面的に継承して保存していくだけだと進化はありませんよね。本質的になにが大事なのかを理解した上で、日々新しいことにチャレンジしていかないといけないと思います。」
桜井「弊社は杜氏制度やめてしまったので、そのことですごく攻撃されたりしてますが、そもそも杜氏制度は実質崩壊していると思っています。伝統産業の職人さんに多いのですが、なるべく若い人に教えない。教えないと何が起こるかというと、新規参入がないので、競争相手がいないのです。そして着々と自滅していっています。」
辻野「旭酒造さんは、杜氏がいなくなったことによって、結果的には社員で純米大吟醸を作るというノウハウを蓄積されましたし、年に一度、寒い時に一回だけ新酒を仕込むという慣習も、温度管理して年中新酒を仕込むというように、日本酒の作り方を根底から変えましたよね。」
桜井「弊社のやり方についてかなりオープンにしているのですが、それでもみんなパクろうとしないですから。」
辻野「なにが自社として大事なのかをきちんと理解した上で、古いものをただ継承するのではなく、常に新しいことにチャレンジすることが大事ですね。」
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