辻野「かつてのソニーは、自分のやりたいことをやったり作りたいものを作る集団で、ある意味ノリがいい、とがった人たちが多くいました。そして、エンジニアがやることに上手に事業として目鼻をつける懐の深いマネジメントがたくさんいて、失敗しても上手に闇に葬ってくれていました。こうした環境がソニーの成長の原動力だった気がします。」
桜井「なるほど。私は逆に失敗を公言しています。ジョエル・ロブション氏とのフランス出店が遅れている、ライスミルクという米ぬかで作った飲料作りも計画通りには進んでいない、銀座の直営店の売上も思ったほどは良くない、失敗中ばかりです。」
辻野「マネジメントが、部下のチャレンジに対しておおらかだったので、すごく現場はのびのびとやりたいことをやっていました。そうした環境があったからこそ、『人がやらないことをやる』『絶対に二番煎じはしない』という、ソニーらしいエンジニアの気概というか矜持が育ったように思います。」
桜井「社員が自分の失敗を認められる組織にしないといけない。そういう組織をどうやって作っていったらいいか、私にも未知数なのでまだ見えてないですけれど。」
辻野「『トライアンドエラーの繰り返しを当たり前の感覚にする』というのが本当に大事なことですよね。日本の大企業がどんどんダメになっていく一つの理由として、現場の失敗を許容しないということが大きいと思います。会社が大きくなっていくと、なかなか失敗出来なくなってくる。まさにイノベーションのジレンマですね。」
桜井「私は旭酒造を、失敗したことを認められる会社として維持していけたらと思っています。自分で失敗を認められたら、自分でまた変えていけると思います。」
辻野「どのような工夫をされていますか?」
桜井「チャレンジする人たちをトップとしての特権で守ってあげて、いろんなことをやらせてあげています。まあ、旭酒造の社員たちは、守ってもらっているとは全然思ってないと思いますが。社内では、私は天災と呼ばれていまして、『なんでこんな否定されるんだろう』と社員は思っているんじゃないですかね(笑)。」
辻野「企業体が大きくなってくると、トライアンドエラーを許容するカルチャーをいかに残し続けるか、それこそが経営努力だと思います。経営者の器量にもかかってきますね。オーナー企業は、やはりそういうチャレンジし続ける体質を残しやすいのかもしれません。」
桜井「経営者がある程度自分で決定出来ますからね。そういえば、もともとソニー創業者の盛田昭夫さんの実家は酒蔵でしたよね。」
辻野「そうですね。ソニーは、創業者が二人とも亡くなった後に、集団指導体制に切り替えていく過程で、社外取締役制とか執行役員制度などの欧米型のガバナンスをどんどん率先して取り入れたのです。」
桜井「文化や体制を残すのは、非常に難しいですね。」
辻野「経営指標にも当時米国で流行っていたEVAなどを導入して短期的な成果を求める傾向が強くなりました。裏でやってるようなこともすべて表に出して、採算性を吟味するということをやり始め、一気にイノベーションを生み出す活力がなくなっていってしまったような気がします。イノベーションには、『遊び』の要素が重要だと強く思います。10個やって10個ともヒットするなんてありえないですからね。」
桜井「でも10個やって10個当たることを要求されるから、そうなるとバッターボックス自体に立ちませんよね。もし立つことになっても、振らないということが正解になってしまいます。」
辻野「そうですね。だからこそ、そうなってはいけないという意識で、多くの企業が機構改革などをやるのでしょうね。しかし、いったん失敗を嫌う人が多く中枢に残る流れになると、一回でも失敗すると窓際に出されたり子会社に出されたり、失敗に対する許容度が失われて、結局チャレンジしない集団になってしまいます。チャレンジしない人たちがマジョリティになった集団からは、イチかバチかやってみようという人はなかなか出てこないでしょう。仮に現場が新しいチャレンジを進めようとしても、事業計画審議会などで『本当にうまく行くのか?』とか『儲かるのか?』という懐疑的な質問や否定的な意見に多く晒されます。そうすると現場も怖気づいて、チャレンジ出来なくなっていく、という負のスパイラルになりがちです。」
桜井「旭酒造では、『バッターボックスに立ったらなんでもかんでも振れ』と言っています。尻餅ついてもいいじゃないかと。ただ私がそう言って、私自身も失敗中であることを公言しても、なかなか会社はそうならないのですよね(笑)」
辻野「かつて旭酒造さんが潰れそうなときに働き続けてくれた人と今の輝けるブランドを持つ旭酒造に惹かれて入って来る人では、いろいろと異なっているのではないでしょうか。」
桜井「そうですね。やはり様々な人が入ってきます。」
辻野「ソニーでもグーグルでも感じましたが、有名になるにつれて、そこの製品やサービスが好きで入ってくるのではなく、単にブランドや待遇に憧れて入ってくる人たちがどうしても増えてしまいます。『仕事は別にどの会社でもいいけど、ブランドや待遇がいいから入る』、『そこで働くことが、自分のステータス』といった人たちが増えていくのはやむをえないところもあるので、経営者としては、創業時の活力が薄まらないように工夫する必要があります。」
桜井「たいていの場合、『優秀』な人がおかしくしてしまいますね(笑)」
辻野「ソニーも一時期、カンパニー制などいろいろな仕組みを取り入れて、次世代を育てるための施策を積極推進していた時期がありました。しかし、育成というのは、トップが覚悟してしっかり腰を据えて行わないと上手くいきません。当時のソニーにはすでに創業者がおらず、サラリーマン世代になってしまっていたため、腰が入っていないというか、いろんな意味で中途半端で、うまく後継者を育てることができませんでした。」
桜井「あと、事業を続けていると、その領域について技術も知識も進化していきますよね。そうしたら、逆に新しいモノが生み出せなくなるのです。だからこそ『出来る組織』に変えるために、無理矢理にでもチャレンジさせて、失敗の中で学んでもらう必要があると考えています。」
辻野「働き方改革が盛んに叫ばれていますが、長時間労働の上限規制とか、同一労働同一賃金など、施策として必要な取り組みは理解しますが、本質は別のところにあるように思います。」
桜井「単にルールだけ作っても意味がないですよね。」
辻野「そうですね。ある程度のルールは必要ですが、その前に『日本人が強みを発揮できるための日本人の働き方』を考え直さねばならないように思います。」
桜井「『こだわる』と『分け合う』という日本的な感覚をうまく生産性につなげる工夫が必要ではないでしょうか。一人で1出来る仕事を、二人で1.2に仕上げることがなんでもかんでも『善』となりがちです。また、一生懸命頑張って残業もして、ここまで出来たからいいだろうと思ってしまう人もいます。『それって頑張る所が違うだろう』と言っても、『こんなに努力しているのに、会長はどうしてわかってくれないんだ』となってすれ違いが起こってしまうのです。経営者として、いい面は伸ばしつつ、悪い面は外したいと思っています。」
辻野「そうですね。『三方よし』、『三方一両損』など、利他や互助といった日本人独特のスタイルがあるので、単に西洋的なスタイルをコピーすればいいというものではないと思います。『こだわる』という面では、『遊び』が大事だと思います。グーグルには20%ルールがありましたし、ソニーにも明文化されたものはありませんでしたが、本業以外に好きなことをやっている人たちは社内にたくさんいました。就業時間後に作業台で自分が本当に作りたいものを遅くまで残って作って、上司も見て見ぬふりするという、遊びの要素があったのです。」
桜井「いかにそういう部分を組織のDNAとして残していくかが大事ですよね。」
辻野「楽しいことは、寝食を忘れて没頭してしまうものです。寝食を忘れてやるような仕事を創ることが、企業や経営者の仕事だと思います。それが企業の発展につながるのではないでしょうか。一方、働き方は生き方なので、社員も組織に依存して受け身で仕事をするのでなく、もっと覚醒しなければいけない。昔のソニーも今のグーグルも、一方的な業務命令で動く会社ではなかったのです。」
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