為末大の“伝える”技術 ―妻とか一番伝わらない(笑)―

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3度オリンピックに出場し、スプリント種目の世界大会で日本人初のメダリストとなった為末大氏。現在はコメンテーターやタレントとして活躍する一方、企業家としての顏も持つ。そんな走る哲学者と呼ばれた為末氏に、「伝える」技術についてお聞きした。

アスリートが世の中に伝える価値は、人間の「美しさ」と「愚かさ」

薮崎 「本日はよろしくお願いします。早速なのですが、ロボットやAIなどが発展してくる中で、今後アスリートと呼ばれる人たちが、世の中に伝える価値は何だと考えていますか?」

為末 「人間の本質的な『美しさ』と『愚かさ』ではないでしょうか。それらを体現して『人間らしさ』を共感させてくれるところだと思います。人類史の話になるのですが、人類が何に適応したのかという問いがあります。魚は水に適応して、ライオンはサバンナで効率よく獲物を取ることに適応して、牛は草を食べて生きていくことに適応して、みんなそれぞれ特定の環境に適応しています。人類って、あたりまえですが、サバンナだと足は遅いんです。木は登れないし、あらゆる動物より弱い。そんな人類が何に適応したかというと『置かれるすべての環境』で、つまり可塑化が最大の特長だと思います。」

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為末大
スプリント種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者。 男子400メートルハードルの日本記録保持者(2017年12月現在)。 現在はSports×technologyに関するプロジェクトを行うDEPORTARE PARTNERS(デポルターレ・パートナーズ)の代表を務める。 新豊洲Brilliaランニングスタジアム館長。主な著作に『走る哲学(扶桑社新書)』、『諦める力(プレジデント社)』など。

薮崎 「可塑、つまり柔らかく形を変えやすいということですね。」

為末 「そうです。アメリカで育つと英語をしゃべるし、日本だと日本語をしゃべる。なんなら胃で消化できないものは炙って柔らかくしてしまうみたいなことをやり始めたりします。人類の一番すごいところって、『何かに最適化できる』ということだと思います。他の生き物やAI、ロボットなどすべてのモノは、特定の目的に向かっているんですが、人類だけは目的がない状態で存在していて、目的を見つけたときに自分をそれに最適化していけるのです。」

薮崎 「環境の変化に最も適応できるからこそ人類がこれほどの繁栄をしているのでしょうね。」

為末 「実は1900年くらいのオリンピックでは、どの種目選手もほとんど体形が一緒なのです。レスリングも円盤投げも水泳も。でも今では、150㎝の新体操選手や2mを超えるレスリング選手等、いろんなものに最適化した人類の追求の結晶を見ることができます。さらに面白いのは、そこまで体の最適化はできたんだけど、最後の最後に心の問題でうまくいかず失敗する人もいて、人間の本質的な『美しさ』と『愚かさ』を最も体現しているのではないでしょうか。

   スポーツは、競技者も見る側もすべての人が楽しむためにあると思っています。見る側も、競技者の極限の“人間らしさ”に何らか自分との共通点を見つけて共感して、悔しがっている人に対して面白さや悔しさを感じたり、喜んでいる人に面白さを感じたり、勝負でドキドキするわけで、そのあたりが最も人間らしい領域なんじゃないかっていう気がします。」

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『伝える』から『伝わる』へとシフトさせる技術

薮崎 「『伝える』ために工夫されていたことはありますか?」

為末 「僕たちアスリートの『伝える』って、結局のところ『誰が言うか』ということが大きくて、アスリートが『僕が言うんです』というのを全面に出しがちな世界だと思います。例えば、一流のプレイヤーが言うことはなんでも正解みたいなところがあるじゃないですか。結果がすべての世界なので当然ではありつつ、一方でそこだけに頼っているといずれ目減りしていくのです。」

薮崎 「目減りするとはどういうことでしょう?」

為末 「アスリートが言っていることとしてのバリューですね。現役時代は勝ち続けることが価値の証明になっていますが、引退すると『誰が言ったか』に依存した説得力はいずれなくなってしまいます。特に解説等は、自分の内省的な思いではなく、抽象化して全体を砕いて示す、ということが必要になってきます。伝えることから伝わることを意識しなければなりません。」

薮崎 「自分はこう思う、ではなくより客観的、普遍的な意見が求められるのですね。」

為末 「例えば『ハードルってなんでしょうか、何が重要なんですか』と競技を知らない人に問われた時に、まるでシェフみたいに、限られた情報を組み合わせて答えを作る必要があります。僕は結構本を読んでいるので語彙量はある方だと思うので、そのあたりは引退してからも役に立っていますね。後はブリッジングと言うのですが『あることとあることを合わせて言うとつまりこういうことです』という、単語で括れるかどうかというのは、伝わるために重要なことです。」

薮崎 「メディアで話したことってそのままちゃんと伝わるものでしょうか?ニュアンスがちょっと違って伝わったりすることはありますか?」

為末 「僕は遠くの人へは比較的伝わっていると感じています。と言うよりも、そこまで気にならないと言う方が合っているかもしれないですね。どちらかと言うと、遠くの人より近くの人のほうが伝わらないと感じることが多いです。妻とか一番伝わらない(笑)」

薮崎 「確かにそうですね。私も『こういう企画やろうよ』と言ったときに、実はみんな解釈が違っている、ということはよくあります。特に私が感じるのが、意外と日本人は日本語をきちんと使えていないということです。みんな母国語なので自分はあたりまえに使えていると感じているけれど、議論したりメールを読んだりすると、案外正確に使えている人は少ないなと感じます。」

為末 「そうですね。普段ならなんとなく雰囲気で伝われば問題ないですが、議論や文章にするときちんと整理したり、正確な表現を使わないと、後々一人一人の認識がずれていたということは起こってしまいますよね。僕は、言葉でとにかく考えがちな人間なので、しゃべるよりも文章を書く方が好きですね。書くのは、後々編集もできますし。」

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※インタビュアー:薮崎 敬祐(やぶさきたかひろ)株式会社エスキュービズム代表取締役社長 2006年にエスキュービズムを創業し、IT、家電、自動車販売など様々な事業を展開。「あったらいいな」ではなく「なければならない」領域に、新しい仕組みを提案している。

これからの時代、SNSやブログなどでの発信は必須なのか

薮崎 「SNSやブログで個人が発信する時代になりました。為末さんは情報発信を積極的にされていますが、情報発信する人としない人がきっぱりわかれています。個人、特に経営者やビジネスマンの情報発信をどのように考えていますか?」

為末 「発信すべきかどうかでいくと、僕は『正直よく分からないなぁ』と思っています。例えば村上春樹さんってソーシャルメディアでは発信していないですけれど、世界的な影響力がありますよね。自分が何かをしようとした時に、自分の代わりにメディアが反応して動いてくれる状態であれば、無理に自分からSNSを使わなくてもいいような気がしています。逆にそれが出来ない状態だと、自分から発信した方がいいのではないでしょうか。僕の場合は、40万人ぐらいとつながるTwitterやブログというパイプがあるので、その読者を期待して出版社などが『為末さん、本作りませんか』という話が来たりします。」

薮崎 「世の中に向けてなにかを仕掛けたいと考える人にとって、提言力というか、どう影響力を持つ状態に出来るかは重要ですよね。」

為末 「そうですね。特に経営者は、なんらかの方法で定期的に発信せざるを得ないですよね。『この状況だとあの人ならこう言いそうだ』というのが多くの人に浮かぶようになっている状態を作れれば、なにか仕掛ける際にスムーズにいけると思います。ただその手法が、テレビなのかコラムでいくのか、村上春樹さんみたいに本なのか、選択肢はたくさんあると思うのですが、何らかの形で影響力を発揮していくということが、重要だと思います。」

薮崎 「企業も個人もいかに『らしさ』、言うなれば『人格』をどう世の中に知ってもらうかが重要だと思います。ただそれこそ継続的に発信することが大事で、発信する手法は自分にあったものを選ばなければならいと、結局続かないということになります。」

為末 「向き不向きはあると思います。選手でもSNSやブログを始めたはいいけれど、すぐに更新しなくなる人もいるんですよね。自分で文字を書く等は結構しんどくなることもあるので、どういう媒体で発信するかは、選択する必要があります。」

薮崎 「為末さんはブログやSNSでの発信をされていますが、炎上にはどのように対応されていますか?」

為末 「僕は結構炎上することがあります。反応すればするほど燃えてしまいます。だからすっと引いて静観していると、反応は鈍くなってくるんです。それはだいぶ学びましたね。一生懸命『この人にわかってもらおう』と思うのは間違いで、静観して一週間か二週間くらい経つと、みんなもう新しいことに興味が移っています。まあ、そんなものじゃないですか、世の中って。」

薮崎 「SNSやブログを活用する場合、経営者や社員など組織に属する者としての発信なのか、一個人としての発信なのかという問題があり、躊躇されている方も多いと思います。」

為末 「そうですよね。うちの会社の悩みがまさにそれで、今は僕の個人事務所というような見え方になっています。ただ、やはり為末の会社ではなく、株式会社侍としてやっていきたいという思いはあるんですが、どうしても僕の色が強すぎてうまく切り離せていないのです。今後の課題としてはそこは感じていますね。」

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