”普通”である、という感覚 ― 為末大 ―

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日本人初のメダリストとなった為末大氏。現在はコメンテーターやタレントとして活躍する一方、企業家としての顔も持つ。そんな為末氏に、「普通であるという感覚」についてお聞きした。

“普通”を認識するには、それまでの“普通”を壊す体験が必要

薮崎 「私自身も含めてですが、世の中みんな、自分が普通の感覚を持っている常識人だと思っていて、一方で相手のことを『変わっているな』と思っていると感じます。“普通”を理解する力は、世の中の共感を得るために今後ますます必要になると思いますが、どうすれば鍛えられるでしょうか?」

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為末大
スプリント種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者。 男子400メートルハードルの日本記録保持者(2017年12月現在)。 現在はSports×technologyに関するプロジェクトを行うDEPORTARE PARTNERS(デポルターレ・パートナーズ)の代表を務める。 新豊洲Brilliaランニングスタジアム館長。主な著作に『走る哲学(扶桑社新書)』、『諦める力(プレジデント社)』など。

為末 「“普通”が壊れる体験をすることが大事な気がしますね。現役の時の話で、当初は自分のことをけっこう社交的だと思っていたんですが、アメリカのチームに入ったときに、まあ英語の問題もあったんですが、周りに比べて全然社交的じゃないことに気づかされたことがありました。その時に思ったのが、多くの人は『人生で出会ってきた人の平均値』のことを『普通』だと認識していて、そこから『自分はどっちにずれているか』というので自分を説明しているなと。だから『自分らしさ』は案外あやしいものだな、って思ったことがあったんですよ。それからたくさんの人に会って、『自分はどの辺に位置するんだろう』って考えるようになりました。会う人が変わると『自分らしさ』も変化するということは非常に面白いなと。」

薮崎 「“普通”は相対的・客観的な尺度が必要なのでしょうね。その普通を理解した上で、自分らしさがわかるということですね。」

為末 「そうです。人間が意思決定する時のかなりの部分が、環境依存、つまり周りに影響されていると思います。僕は、自分が今いる場所によって自分の思考が染まるので、場所をいろいろ変えるとかを意識してやるようにしています。そうすることで、自分の中の“普通”への偏りをなくしつつ、自分らしさをより把握出来るのだと思います。」

薮崎 「あえて外の世界に出てみようとしない限り、今の周囲の環境が自分の全ての基準になってしまいますよね。」

為末 「例えば、歩き方って、アメリカで育つと、両親とも日本人でも、歩行がアメリカ人に寄るんですね。だから歩き方すら無意識に環境に依存しているんです。」

薮崎 「日本とアメリカで、歩き方はどう違うんですか?」

為末 「アジア人は比較的まっすぐ歩くんですが、アメリカ人の歩き方って左右に揺れるんです。話す言葉も、東京にきて初めて『これって方言なんだ』と気づくこともありますよね。こういう無意識で学んだ“普通”の層がいくつかあって、自分を構成しているという気がしています。」

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普通とのズレは、自分らしさかそれとも見栄か

薮崎 「アスリートの方が引退して、プロの時の感覚のままで事業をやって、うまくいかなくなるということもあるのでしょうか?」

為末 「ありますね。まあ典型的なのは『何か事業をやろう』となったときに、椅子選びなんかでも『レザーのほうがかっこいいだろ』、場所も『一等地で』みたいな感じで、普段の自分の感覚のまま進めて、コストが積みあがっていくという感じですかね。自分のアイデンティティと、行う事業が重なりすぎちゃうんですよね。『さすが、〇〇さん!こんな事業やってカッコイイ』と言われることを期待しているので、世の中が期待している“普通”とはズレていることが多いですね。そのズレが、強みとなる自分らしさなのか見栄なのかはきちんとわかっておかないと、アスリートのセカンドキャリアは難しいですね。」

薮崎 「なるほど。特にアスリートやプロフェッショナルの方だと、ある種、演じなければならない場面も多いのでしょうね。」

為末 「そうですね。メディアに出る時など、現役時代は一番そういうことが多かった気がします。生活コストがすごく高くなるんですよ。あまり安い家には住めないとか、車もちゃんと乗っていなきゃいけないとか、電車に乗れないとか、いろいろ重なっていって、僕もやっぱり現役時代すごくコストが高かったです。」

薮崎 「経営者でも多いですね。自ら虚像を作ってしまって、言い方は悪いですけれど『社長ごっこ』になってしまって、周りもそれに憧れて神話化してしまって、抜け出せなくなってしまう。それだと事業が伸びている時はいいのですが、成長が止まったときに厳しくなるんですよね。」

為末 「生物の進化って面白くて、ツノやキバを生やしたりするんですが、9割くらいは強そうに“見える”ように進化するんです。だから実際に戦うとキバが折れちゃうとか、ヘビの模様がついているんだけど実際は蝶々、というのが多いんです。だからある程度『見栄』というのは敵がいる競争社会においては必要なことですが、味方を作っていくことが求められるこれからの社会にどこまで必要かは疑問ですね。」

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環境を変えるときは、期待値を下げておくことが大事

薮崎 「アスリートの方にとって、30歳代で引退するとしたら、その先50年以上をどうするかは非常に重要だと思います。アスリートの方が、セカンドキャリアを歩む上で大切なことは何でしょうか?」

為末 「自分の中の期待値が下がっているというのが大きいなって思います。僕、ウォーレン・バフェットのパートナーのチャーリー・マンガーが好きなんですけれど、その人の逸話で面白いと思ったのが『自分の妻の、前の夫に感謝している』と話したことがあって、なぜかというと、その前夫のおかげで、夫というものへの妻の期待値を下げてくれたので、マンガーとの結婚生活をハッピーに感じてくれる、と。なんか本質的だなぁ、と思いました。
『期待値を下げる』というのは、セカンドキャリアの本質で、自分の期待値をガーンと下げておいて、再スタートするというのがいいと思います。」

薮崎 「為末さんも、アスリートを引退して今に至るまでには、やはりセカンドキャリアの壁があったのでしょうか?」

為末 「僕の場合は、引退した時に知名度もけっこう落ちて、収入もなくなっていた状態だったのは、今考えると運がよかったなと思います。これから年収350万円で生きていこう、というところからスタートだったので、見栄みたいなものを持つのが馬鹿らしくなりましたから。そうは言っても、もちろん心理的な抵抗はあったりしました。やっぱり引退して最初の1年って『為末さんもシケたな』みたいな声もあるんです。スポーツ選手の場合は、急に年収が10分の1以下になったりする人もいるので、全然違う世界に入っていくことへの心理的な抵抗はすごいと思います。」

薮崎 「大手企業からベンチャーへの転職など、環境をがらっと変えるのは、アスリートの方のセカンドキャリアと同じような壁があると感じます。新しいスキルを身につける時に、一度しゃがめる余裕がないと厳しいですね。給料や企業の知名度の問題もありますが、家族ブロックというのも大きいと思います。」

為末 「そうですね。僕の妻は、収入などへの期待値は高くなかったのでセカンドキャリアへの挑戦はやりやすかったと思います。スポーツ選手は、現役時代の生活レベルを維持しなければならない家族を持つと、ハッピーになりにくいかもしれないですね(笑)」

薮崎 「自分の生活において、どこまでなら水準を下げられるかを知っておくことは大事ですね。特に東京は生活コストが高すぎて、しゃがめない人が多いなと思います」

為末 「確かに、僕は自分の人生をここまで圧縮できるとわかってから、だいぶ恐怖感がなくなった感じがしましたね。」

薮崎 「スポーツに関わるビジネスは今後もされていくと思いますが、2020年のオリンピックイヤーに向けてどのような事業を考えていらっしゃいますか?」

為末 「2005年に株式会社を立ち上げたのですが、今は3LDKのオフィスにけっこうたくさんのスポーツベンチャーが集まってきています。彼らの事業は、スポーツの観戦型アプリを作っていたり、ファンとチームの結びつきをもっと強くするビジネスを展開していたりと様々です。僕自身はまだまだ試行錯誤中ですが、投資と育成を備えた、スポーツベンチャーに特化したシェアオフィス事業をやったりできないかなと思っています。あとは、スポーツ×テクノロジーが好きなので、いつかそういった事業ができたらいいですね。」

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※インタビュアー:薮崎 敬祐(やぶさきたかひろ)株式会社エスキュービズム代表取締役社長 2006年にエスキュービズムを創業し、IT、家電、自動車販売など様々な事業を展開。「あったらいいな」ではなく「なければならない」領域に、新しい仕組みを提案している。

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