〈秘書から見たトップの世界〉リーダーのわがままには 理由がある

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トップを経営や組織面などでサポートする優秀な人を、一般的には「右腕」と呼ぶ。しかし秘書や通訳など、経営には関わらないが、トップを支えている人々もいる。異端会議ではそういった人々を「左腕」と名付け、フォーカスしていく。今回は、数々の金融企業のエグゼクティブの秘書を務め、伝説の秘書と呼ばれている、フラナガン裕美子さんにお話をお聞きした。

秘書の仕事とは

—–多くの外資系企業で秘書をされていらっしゃいましたが、秘書とはどのような仕事なのでしょうか?

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フラナガン裕美子
津田塾大学英文科卒業後、スイスユニオン銀行へ入行。その後バンカーストラスト、ドイツ証券、メリルリンチ、リーマンブラザーズにてエグゼクティブ秘書として8カ国のエグゼクティブを補佐。リーマン破綻後、買収先野村ホールディングス日本・香港での勤務を経て独立。執筆、講演やコンサルティングを通じて、有意義かつ楽しんで働く方法を伝えている。主な著書に「どの会社でも結果を出す『外資系エグゼクティブ』の働き方(日本実業出版社)」、「『NO』と言わない仕事術(幻冬舎)」など。

   「秘書とは、経営者・リーダーが自分のすべき事だけに集中できるように、その他はすべてやるという究極の黒子のような存在です。ただ、本当になんでもやります。言われる前に上司の表情や所作から次の行動や相手の欲していることを察したり、トラブル解決法をいくつもドラえもんのポケットのように用意しておいたり。仕事そのもの以外でも必要ならばモーニングコールや具合が悪ければ薬の用意、ご家族のケアから時には別れる彼女へのプレゼントなど、守備範囲は公私にわたります。もちろん上司の仕事についてはすべて把握しておく必要があります。『あの案件のこと、わかってるよね?』と試されるようなこともありました。ですから上司のメールはすべて読んで理解しつつ、彼らの部下たちと連携して仕事を進めることも必要です。」

—–日本における秘書のイメージとは少し違っていて、より業務の幅が広いように感じます。

   「日本のリーダーで、秘書という役割を理解して十分活用できている方は、まだまだ少ないと感じます。日本の大企業の方とお話をすると『あまり色々頼んじゃいけない』と思われている方もいらっしゃいます。担当の秘書が自分以外にも複数人を担当していたり、そもそも秘書室という部署があり、まずは秘書室長に連絡をするなど、直接のコンタクトがない場合もあります。それだと秘書の力の2割くらいしか引き出せていないと思います。」

—–日本で秘書がもっと活躍するためにはどのようなことが必要でしょうか。

   「リーダーの中には、『秘書はいらない』『受付と総務と兼務でいい』と言う方もいらっしゃるのですが、私は『3日間無給でいいから私を雇ってみて下さい』とお願いしたことがあります。お手伝いしてみたら、最後に「秘書の必要さがわかった。」とおっしゃっていただけました。お試しでもいいので、まずは『自分の秘書』を持っていただきたいのです。会社からあてがわれた秘書ではなく。自分で秘書を選んで自分色に染めて、育てて自分の分身にする。そこまでがトップのやるべきことだと思います。私がリーダーだったら、人から・人事からあてがわれた秘書に『全て』を任せるのは難しいと思います。」

—–秘書として心がけていることはありますか?

   「秘書とは、自分の常識を持ってはいけない仕事だと思っています。上司も全員違う気質ですから、自分の常識を非常識だと心得て、なんでもアメーバのように『寄り添う』ことを心がけています。そして想定外を常に想定内にする仕事ですね。秘書がいるリーダーたちは、みなさん素晴らしい能力を持った方なのですが、一方ですごく孤独です。誰かが『こうした方がいい』と指示してくれて、責任を取ってくれるわけではないですから。秘書は経営に関しては具体的に何かできるわけではないですが、リーダーを支えることはできます。支える力が大きければ大きいほど、引き出しが多ければ多いほど、そのリーダーのパフォーマンスが上がるとともに、部や会社が成功していくのではないでしょうか。」

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トップの信頼を勝ち取るには

—–トップとやり取りする上で重要なことは何でしょうか?

   「秘書は、とにかく360度に目配りをしていなければ、なにが致命的なミスにつながるかわからない仕事です。最初は、メールを共有してくれない方もいます。だからこそ信頼してもらい、情報を常に取れる状況にしておかないといけないのです。私の知らないところでトップ同士がお話していて、私が知らなければ失礼することもあります。 トップの立場から物事を考え、状況を見て行動することが最重要です。けれど絶対にイエスマンであってはなりません。常にイエスマンに囲まれているトップの環境だからこそ、秘書は俯瞰して客観的に状況を把握し、時にはどんなお叱りを受けようとも、言うべきことはトップと会社のために言わなければいけないのです。」

—–秘書として、トップとの信頼関係を築くために、どのようなことをされていますか?

   「私が新しい方を担当する時は、その方ととにかくコミュニケーションを心がけます。いわゆる雑談ですね。もちろん仕事ができるという能力は大事なのですが、同じくらい『こいつは気を許せる』という精神的な信用が絶対的に必要なのです。雑談でいかに情報を引き出し、分析して行動して、自分が役に立つかを知ってもらう。そして自分の情報も少しずつ伝え、『私はあなたの敵ではございません』『私はあなたに忠誠を尽くします』という姿勢を示し続けます。」

—–徐々に信頼関係を築いていくのですね。

   「リーダーは、いい意味でモンスターのような人が多いです。なにもかもが完璧なので、その方々の信頼を獲得していくのは非常に難しいのです。ミスなしの仕事はもちろんですが、私はとにかく男女問わず相手を好きだと思って、笑顔でいるようにしています。不思議なのですがどんな嫌いな人でも、本気で好きだと思うと瞳孔が開いて目がキラッとするので気持ちが伝わるらしいのです。そこから始めて、恋人を見るように相手を観察するようにしています。好きな人のことって気付きますよね。『えーあんなもの好きなんだ』『こんな癖があるんだ』と観察すると、話題が出てきます。それを素直にコメントすることが会話の1番の突破口だと思っています。『これを言ったらバカって思われるかな』『これを言ったら言いすぎかな』などと考えすぎないのがコツですね」

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リーダーのわがままには理由がある

—–リーダーが秘書を雇うことでどこまでのパフォーマンスが発揮できるのでしょうか?

   「秘書は、営業などの職種とは違い明確な数字で示せる仕事ではありません。ただ、多忙なリーダーにとって、余計な決断や悩みを減らせること、仕事だけを考えられることは、大きなメリットの一つだと思います。それこそプライベートでのいざこざが経営判断に関わることもあります。決断すべきことに集中できるかどうかは、リーダーのパフォーマンスに直結するのではないでしょうか。」

—–リーダーには癖の強い人が多いので、ずっと付き合っていくのはとても大変そうだと感じます。

   「リーダー達の言動や振る舞いは、端からみるとすごくわがままに映るかもしれません。例えば急に『ミーティング行きたくない』や、重要なお客様に『会いたくない』などを言い出して、「どうして?」と聞くと『気分が乗らないから』という理由だったりします。」

—–そういった場合は、どのように対応するのですか?

   「そもそも、リーダー達のわがままの裏には本当の理由があるのです。しっかりと理由を聞いてみると、例えば『交渉が大詰めの段階でもなく、自分が行っても意味がないのに、どうして自分の時間を無駄にするんだ』とか『なんであんなものわかりの悪いやつと話さなきゃいけないんだ』という事実が見えてきます。そうした本当の理由を把握すれば、対処ができて社内外の方々との橋渡し役になれるのです。『単なるわがままだ。最低。』と思ってしまうとそこで止まってしまいますが、裏を探ると解決方法が見えてきます。まぁ時には、コーヒーをわざわざ外から買ってきたのに泡が足りないからもう一度行ってとか、『まさか』って思うこともありますが(笑)」

—–単に『わがままだ』と思わないで、その根本の理由を理解することで対応は全然変わって、それでパフォーマンスも全然変わりますよね。

   「人間ですから、必ずしもわがままの本当の理由が仕事のこととは限りません。例えば、誰が何を持っていっても『サインしない』『お前がムカつく』などという機嫌の悪い状態もあります。その理由が実は、奥様と喧嘩をしたからだということもあるのです。そんな時にでも秘書が状況を把握していれば、奥様にごめんねフラワーを送ったりして解決できたりします。すると彼の頭の中にある問題が一つ減り、仕事に集中できるわけです。」

—–分刻みで行動するリーダーにとっては非常に大きなことですね。

   「そうですね、一度あまりにタイトなスケジュールでゆっくりトイレに行けず、『ここで漏らせっていうのか!』と言われたことがあります。でもそれくらい過密なスケジュールで動いているので、いかに秘書が彼らの余計な決断や用事を肩代わりしたり減らせるかが大事なのです。」

—–スケジュール管理もされるのですか?

   「スケジュールはすべて任されます。面会の依頼が来ると、上司は『秘書と話して』と相手に私の連絡先を渡します。だからこそビジネスがわかっていないと対応ができませんし、常に頭はフル回転ですね。『あの人の案件はもうちょっと待てるな』とか『このプロジェクトは絶対今日決めてもらわないといけないな』とか。」

—–リーダーにとって経営のNo2(右腕)とは違う面で、支えになっているのですね。

   「目となり、耳となり、口となり、本当になんでも屋です。お客様とのディナーでのおもてなし役から引越しのお手伝いまでなんでもやります。秘書とは、リーダーにとって仕事のパートナーだけでなく、家族でもあり、友達でもあり、なくてはならない空気のような存在なのです。」

 
〈関連リンク〉
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