薮崎 「ジェームズさんが投資家になったキッカケは何だったのですか?」
ジェームズ 「ちょっと長くなるんですけど、自己紹介も兼ねてお話しますね。私は1歳から12歳まで日本に住んでいて、そのあとは大学を卒業するまでずっとアメリカに住んでいました。それで、卒業してからJPモルガン東京オフィスで働いたのですが、1年半ぐらいで「違うな」と思って 『ResuPress』という会社を起業しました。当時は自分自身起業家として、ベンチャーキャピタル(以下VC)と仕事をしていたんですね。」
薮崎 「どんなスタートアップ企業だったのですか?」
ジェームズ 「その時の会社で一番最初にやっていたのが『STORYS.JP』というサービスでした。これは自分のストーリーを投稿するプラットフォームで、その中からいくつかのヒットが出てきました。一番のビッグヒットは『ビリギャル』ですね。映画にもなったりして、それなりに成功したのですが、上場するほどの成功というわけではなくて、じゃあ次どうしようという話になった時に、メンバー間で新しい事業がなかなか合意できなくて、それで僕は途中から会社を離れたんですが、そうしたら会社がいつの間にか『コインチェック』になっていたんですよね。あの、世間を賑わせた。『まさかこうなるとは』と思いましたけど(笑)」
薮崎 「それはすごいストーリーですね(笑)」
ジェームズ 「そのあと僕はDeNAに入って、そこでベンチャー投資を学んだのです。基本的に僕はシリコンバレーと東南アジアのベンチャーを見ていました。そこで500 StartupsのUSチームと縁があって、「ジャパンファンドを立ち上げないか」という話を持ち上がったのです。そこで500 Startups Japanを立ち上げることになったので、実はそもそもベンチャーキャピタリストになりたいとは思っていなかったんですね。」
薮崎 「そうなんですね。DeNAでは投資部門に入られていますが、その時は将来ベンチャーキャピタリストの道をずっと歩んでいきたいとは考えていなかったということですよね。どうしてDeNAに入ろうと決めたのですか?」
ジェームズ 「DeNAに入るときは、次の挑戦を考えるために投資家側にいたら様々な領域を見ることができるし、ネットワークも作れるからいいんじゃないか、というアントレプレナー思考で入ったのですが、でも、結局ベンチャーキャピタリストになっちゃった、っていう(笑)」
薮崎 「なるほど(笑)もともとその意志がなかった中で、なぜ500 Startups Japanの立ち上げの話に手を上げたのでしょうか。」
ジェームズ 「 なぜ500 Startups Japanの立ち上げに魅力を感じたかというと、シリコンバレーの有名なVCって、なかなか日本を見てくれないんですよ。中国やインド、最近は東南アジアなどには投資しているのですが、日本にはまだまだ投資していない。僕が起業した時って、ちょうど日本のスタートアップ業界が盛り上がってきた時期なんですね。そのモメンタムをさらにスケールアップするために、海外からのノウハウとかコネクションを作るべきだと考えたのです。」
薮崎 「500 Startups Japanの立ち上げ当時の日本は、どのくらいのマーケット規模でしたか?」
ジェームズ 「日本の場合、年間700億から900億円しか投資されていませんでした。アメリカとか中国は何兆円と言うレベルで投資されている中で、それって日本のGDPから考えるとありえない話なんですよね。今は3,000億から3,500億くらいの規模にはなってきていて、日本のスタートアップ業界の人たちからするとバブル到来みたいに言われていますけれど、それでもまだまだ小さいじゃないですか。海外の人間から見たら『え?3,500億?
薮崎 「なるほど。日本のスタートアップ市場をスケールアップするために具体的にはどんな施策を打ってきたのですか?」
ジェームズ 「三つあります。まず、500 Startups Japanで最初に始めたのは情報発信でした。シリコンバレーなどの海外では、どのVCでも色々な情報発信をしていて、スタートアップのノウハウがネット上に蓄積されているんですよ。起業の仕方とか、ファンドが苦戦するような課題とか、すごく参考になる内容のコンテンツが充実しています。シリコンバレーで起業したい人はそれを読み込んでいて、起業する時には起業家のレベルも上がってくる。一方で日本はそういったノウハウがあまり共有されていなかったんです。みんな一から手探りの状況で、非常に効率が悪いし、失敗する可能性も高くなっていました。そのため、シリコンバレーの形を日本に持って来たかったのです。なので、立ち上げ当時はかなり積極的に情報発信してきました。海外のコンテンツを翻訳して出したり、僕らのブログでオリジナルコンテンツも作ってきました。結果的に、おそらく日本のシードマーケットのほぼ全てにはリーチできたんじゃないかなと思っています。」
薮崎 「すごいですね。コンテンツ以外の施策はどのようなものをされたのでしょうか?」
ジェームズ 「コンテンツ以外だと『J-KISS』という、誰もが自由に使えるシード資金調達用のテンプレート化された契約書をオープンにしました。アメリカでもシードファイナンスの契約書はテンプレート化されています。その段階だと弁護士費用払うのがもったいなかったりするので、そういったコストを抑えてテンプレートを元に『こことここを交渉すれば契約できる』という、シンプルさとスピード感がベネフィットになるものです。それを日本向けにカスタマイズして出したんですね。もちろん僕らのディールではほとんどJ-KISSを使っていますが、僕らが関わっていないディールでも結構使われていて、今ではスタンダードになってきています。」
薮崎 「シードファイナンスのようなアーリーラウンドの契約は『Keep It Simple Stupid(バカみたいにシンプルに)』がベストと言うことですね。」
ジェームズ 「その通りです。あともう一つは資金調達の戦略があります。『SmartHR』という会社をご存知ですか?僕らの投資先の中でも飛び抜けた勢いで伸びている企業です。基本的に僕らはシリーズAの前に投資をするのですが、SmartHRに対しては特別にシリーズBで何かできないかと考えました。それで、アメリカの『Special Purpose Vehicle』、いわゆるSPVと言うファイナンスのスキームを適用してSmartHRに投資しました。普通VCは資金を集めて何社かに分散投資するのですが、SPVの場合は専用ファンドなので、色々なところから資金を調達して1社に投資します。これが起業家としてなぜ嬉しい話なのかと言うと、事業に集中できるからです。SmartHRの場合2ヶ月で15億円を集めたのですが、普通は社長が資金調達に奔走しなくてはならないところを、僕らが外注CFOのように立ち回ってお金を集めたので、CEOはその間事業に集中できました。」
薮崎 「なぜ専用ファンドを作ろうと考えたのですか?」
ジェームズ 「例えばアメリカや中国の場合は15億円出資してくれる人たちと言うのはそこそこいるのですが、日本ではそのぐらいの額になってくると——アメリカでは「パーティラウンド」と呼びますが——様々なところから少額の資金をかき集めてなんとか15億、という感じなんですね。そうするとまずネゴシエーションコストがかなり高くなってしまうし、投資後のコミュニケーションコストも上がってきます。そういった部分も僕らがバッファとして入って全てのコミュニケーション対応を請け負い、起業家は事業に集中できる。これは今まで日本になかった投資スキームだと思います。そういった、いろんなシリコンバレーのやり方を日本に持ってくることで、市場自体にもちょっと貢献できたら嬉しいなと言う気持ちでやってきました。」
薮崎 「なるほど、資金面だけでなく、スタートアップの事業そのものをサポートする、というコンセプトなんですね。」
ジェームズ 「はい。僕らはVCですが、投資自体は単なるマネタイズポイントに過ぎず、本質的にはスタートアップを成長させることが目的です。僕らはそういうサービスを提供しています。スタートアップが世の中を良くするための努力とか、その背景にあるものが、僕はもともと起業家なのですごくわかるし、結局、そのためにVCという事業をやっている、と言う感じです。」
薮崎 「マネタイズポイント以外ではチャージしているのですか?」
ジェームズ 「いや、していないです。SmartHRはシリーズAもBもやったのですが、シリーズBではフィーも取っていません。」
薮崎 「日本にはフィーを請求するVCがいるのですが、ミニマムチャージが2,000万円ぐらい、5〜7%ぐらいのマーケットになっていて、シリーズBのコストとファイナンスコストが合わなくなっているのかなと。日本だとそこに当てはまるVCがいなくて、出資者が事業会社になるんですよね。例えば総合商社と話すんですよ。総合商社は投資後も結構レギュレーションが厳しかったりするので、ジェームズさん達のように、そういったお手伝いをされる方というのは起業家からしたらすごくありがたいサービスですよね。」
ジェームズ 「フィーを請求するVCがいるのは聞いたことありませんね。僕らはキャピタルゲインでもらっています。」
薮崎 「管理報酬はあるのですか?」
ジェームズ 「ありますが、SPVの場合は大した金額ではないですね。基本的には伸ばすために投資している案件ですし、ランニングコストは安くしています。その代わりにキャリーを、という契約になっています。」
薮崎 「キャリーまでは5年、10年かかりますよね?」
ジェームズ 「そうですね。ロングタームで考えるべき事業です。」
薮崎 「日本の投資においてはキャリーの問題があると思っていて、GPと言いつつも実はサラリーマン投資家の場合が多くて、ラッキーと言うか、たまたまそこにいたからもらえるキャリーの額が年収の何倍にもなってしまうケースがあります。そういったこともあって、大きな投資に対して個人の利得が働かないところがキャピタルする側にあると思います。」
ジェームズ 「それはあるかもしれないですが、もっと手前の原因は、独立系のVCが少ないからじゃないかと思いますね。ほとんどがコーポレートベンチャーキャピタルや金融系のファンドです。そのため、おっしゃる通りサラリーマンベンチャーキャピタルが多くなってしまうのだと思います。」
薮崎 「実は10年ぐらい前は独立系が多かった印象です。けれどもファンドサイズが20億ぐらいだと管理報酬が4、5,000万円しか入らなくて、これだとスタッフ5、6人雇うと回らなくて。結局その管理報酬と、キャリーが得られるまでの期間の問題なのではないでしょうか。ファンドサイズを50億にすると、それを分散投資しようとするときのソーシングメンバーが4、5人いるとなると負債が大きくなっていくという、こういう問題に私には見えているのです。SBIとかJAFCOぐらいのサイズになってくると、サラリーマンで来るけれどもソーシング部隊とショットの額で何とかなるのですが、日本の場合シリーズBをやらずにイグジットできちゃうので、シリーズAで1、2億だけ必要という状態があって、ここのロットが小さいので独立系が成り立たないんですよね。いくつか手伝おうとしても、管理報酬が5%しかなくて生きていけないという。日本の独立系で多いのはPEだと思います。PEで経営までしっかり入り込んで役員報酬が取れるようになれば成り立つのでPEが多くなり、そしてそれを支援するブティックファンドが多くなってしまうという図式が成り立っています。」
ジェームズ 「しかし、そのPEですら、あまり多いとは言えないと思いますね。海外と比較すると結構遅れています。」
薮崎 「私が見てきた中でのお話をすると、日本のVCマーケットの問題は、シリーズAで上がれてしまうことだと感じます。起業家にとっては1、2億集めて10年で売上10億円を達成したらイグジットできてハッピー、というマーケットが成立してしまっています。この人たちのコミュニティは強固で、この状況はなかなか批判しづらいですしね。」
ジェームズ 「それは『鶏と卵』の問題かな、とも思いますね。今は10億円以上、20億円以上のラウンドも増えてきていますが、今まではそんなに大きなファイナンスができなかったので上場するしかなかったという背景もあるんですよね。上場のメリットは早くリクイディティがあること。デメリットは、上場したらそれでもうゾンビカンパニーになってしまって、なかなか時価総額1,000億円を超えてくれないというのはありますね。」
薮崎 「10年前は普通株ばかりで優先株がほとんどなかったように思います。今はというと、優先株で希薄化防止条項を付けるのが当たり前になってきていますが。10年前は希薄化防止条項の文化が日本にはなかったのでダウンラウンドができなくて、これが結構悲惨な事例も多いのではないでしょうか。今は優先分配とラチェットが当たり前になってきたので、そのために大きい額のラウンドができているのではないでしょうか。この環境の変化は結構大きいなと。」
ジェームズ 「そうですね。海外メディアの記事を読んでいると『ユニコーンになりました』とかキラキラして見えるのですが、裏の条件をちゃんと見ていくと、しっかりとダウンサイドを押さえていますよね。日本でもいろいろ知見がたまってきたと思うと、それは嬉しいですね。」
薮崎 「ジェームズさんは、今回なぜ独立系のCoral Capitalを起ち上げようと思ったのですか?」
ジェームズ 「リブランディングしようと思った背景には、いくつかポイントがあります。まず、500 Startupsは結構”アクセラレーター”というイメージが強いと思っています。アクセラレーターというのは起業家に提供するサービスをパッケージ化するというやり方なのですが、僕らとしては『もっとアラカルトのような感じのサービスにしたかった』ということがあります。例えば『この会社は採用に困っているから採用サポートを提供する』、『この会社はファンドレイジングに苦戦しているからファンドをしっかりサポートする』など、会社のニーズによってサービスを変えていくというスタイルでやってきたので、そこはちょっとズレがあったのです。もう一つは、投資スタイルの違いです。アメリカの500 Startupsは1,000万とか2,000万円というような少額な投資をたくさんするという戦略でした。僕らはもうちょっと大きく張って時間をかけてサポートしていくというスタイルを取っていて、例えば最初5,000万円ぐらい投資したらそのあと追加投資は2億円までいくというような感じでした。」
薮崎 「500 Startupsの時と今では、投資先の選定基準とか投資規模に変化はあるのですか?」
ジェームズ 「そもそも500 Startupsの各地域のファンドの仕組みとしては、フランチャイズに近い形だったんですよね。『キャリーの何%を支払えば、彼らのブランドを自由に使っていいよ』という契約で、非常に寛容で柔軟でした。ファンドは自分たちのやり方でやってきていて、投資基準はフェーズでいうとわかりやすくシリーズAの前の企業に投資しています。インダストリーとしては特に特化した分野というのはありません。この3年間で43社投資してきた中であえて共通点を挙げるとすると、30代の起業家が多いというところですかね。もともとキャリア的にはバリバリで、大きな産業に対してITの力を活かして革命を起こしたい人たちが最近とても増えたと思います。分かりやすくまだITが普及していない産業で言うと、インシュアテックとか、ヘルステックとか、物流テックといったところですね。今までそういう難しい産業に挑戦しようという起業家はあまりいなかったので、最近のトレンドとしてはチャンスがあると思っていて、そのあたりの企業には結構投資します。」
薮崎 「投資先の選定について、テクノロジーやそのトレンドは基準になるのですか?」
ジェームズ 「今の時代、全てテクノロジーが絡むためあまり意識していませんし、トレンドも全く気にしていません。AIとかブロックチェーンとか、そう言うのはあまり気にしていなくて、結構幅広い企業に投資しています。」
薮崎 「なるほど、何かしらのIT、テック企業ではある、と言う感じでしょうか。」
ジェームズ 「そうですね、急成長できるかどうかという視点で見ると、やはりテクノロジーの何かがないと、そこの説明がちょっと難しいと思いますね。」
薮崎 「イグジットの想定はIPOかバイアウトでいうとどちらになりますか?」
ジェームズ 「そこはあまり気にしていません。ただ、はっきり言えるのはスモールイグジットは全く興味がないということです。『数十億で売却してゴール』みたいな挑戦はいらない、という感じですね。本当に社会にインパクトがあって歴史に残るような企業を支援していきたいと考えています。」