日本人は、時間の捉え方が下手である

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ビューティ、ファッション、エンタメ、恋愛、DIYなどで月間再生数が6億回を超える、日本最大級の女性向け動画メディア「C CHANNEL」。この動画メディアを仕掛けるのは、元LINEの代表取締役だった森川亮氏。多忙を極める森川氏に、「生産性」をテーマにお聞きした。

すべての仕事は10分で終わる

薮崎 「いろいろ書籍を出されていますよね。『シンプルに考える』『ダントツにすごい人になる』などの他に、最近だと『すべての仕事は10分で終わる』も出版されました。特に、個人の働き方にフォーカスした書籍が多いように感じますが、どのような狙いで書籍を出されているのでしょうか?」

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森川 亮
1967年生まれ。筑波大学卒業後、日本テレビ放送網に入社。コンピュータシステム部門に配属される。インターネットの登場に刺激を受け、ネット・ビジネスに傾倒。多数の新規事業立ち上げに携わる。2000年にソニー入社。ブロードバンド事業を展開するジョイントベンチャーを成功に導く。03年にハンゲーム・ジャパン㈱(現LINE㈱)入社。オンライン・ゲーム市場でNo.1となる。07年に同社の代表取締役社長に就任。15年3月にLINE㈱代表取締役社長を退任。同年4月、動画メディアを運営するC Channel㈱を設立、代表取締役に就任。

森川 「日本が成長してこれた理由の一つとして、『一生懸命働く』ということがあると思います。ただ、今の時代は一生懸命働いたから良いという時代でもないですし、『働き方改革』などで取り上げられるのは制度の話ばかりで、個人レベルで仕事の仕方が変わってきているようには思えないのです。だからこそ、『個々のビジネスパーソンにおいて、いかに生産性を上げるか』というところに、日本の生産性を上げるひとつのヒントがあると考えています。そのため、個人の生産性を上げる方法について提案している書籍となっています。」

薮崎 「なるほど。プレミアムフライデーなどの取り組みが最たるものですが、時間短縮ばかりが上から決定されて、仕事量は変わらないという不満はよく聞きますね。」

森川 「そうです。ただ、そういった不満の根底として『自分はすでに精一杯仕事をしているので、生産性はこれ以上は上がらない。働き方改革は、企業や組織がどうにかする問題だ』という意識があるように感じます。ずっと言われていることですが、日本人の生産性は低いのです。まだまだ個人レベルでも改善の余地があると考えています。」

薮崎 「日本人の生産性が上がらない理由として、時間の捉え方が下手、ということがあるのではないでしょうか。」

森川 「日本人の場合、『長くやれば偉い』という認識が根強く存在していると感じます。過去に評価面談をした際『こんなに頑張ったのにどうして評価してくれないんですか』というような『結果は出してないけれど頑張ったから認めてくれ』という主張がよくありました。」

薮崎 「そもそも日本人の働き方として、(時間あたりの)成果という考え方自体がなかったとも言えるのでしょうね。」

森川 「個人にとっての資源は、究極的には『時間』『お金』『生活習慣(健康)』の3つに集約されると考えています。その中で、お金や健康については外部要因でどんどん価値が変わってくると思います。ですが、時間だけは絶対的なものであり、だからこそ今後はいかに時間を効率的に使うかが求められる時代になってくるのではないでしょうか。」

薮崎 「『すべての仕事は10分で終わる』では、10分などの具体的な数字を入れているのが絶妙だと思いました。会議などでは30分や1時間単位でスケジュールを設定する人も多く、本来なら10分で終わるような打ち合わせでも、1時間取っているのだからと脱線しながらゆっくり進めることも少なくありません。」

森川 「大まかですが、僕は10分という区切りで仕事をしています。2015年のマイクロソフトの調査によれば集中力の持続時間は、8秒という結果も出ているように、そんなに集中力は続くものではないと思うからです。」

薮崎 「私も社員には、朝の電車通勤の時に携帯でゲームするのではなく、10分でも読書した方がいいと言っています。まとめて時間をとって一気にやろうとするのではなく、ちょっとずつでも継続する方が、取り掛かりやすいし長い目でみると効果的だと思います。」

森川 「そうですね、10分と区切るとダラダラすることがなくなりますし、ちょっとした空き時間ができた時でも、10分単位でやるべきことが決まっていると手を出しやすくなるでしょう。さらに10分と区切ると本当にやるべきことがわかってきます。会議、議事録、プレゼン資料作成、情報収集などあらゆる行動が変わってくると思います。」

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「楽して稼ぐ」が目的になると、ダラダラ働くことが最適解になる

薮崎 「森川さんは、昔から時間を意識した働き方をされていたのでしょうか?」

森川 「僕は新卒で日本テレビに入社したのですが、20代の頃は、なるべく仕事を午前中に終わらせようと思っていました。後は好きな仕事をやるという感じでやっていまして。」

薮崎 「午前中に終わらせていたんですか。テレビ局の働き方のイメージとはかなり違いますね。どうして午前中に終わらせるようにしていたのですか?」

森川 「やりたいことをやるためには、やらなきゃいけないことを早く終わらせることが大事なんです。そのためにもダラダラやっていたらやりたいことができなくなってしまうので、午前中と決めていました。」

薮崎 「なるほど、そうですね。ただ、『やりたい』仕事がしっかりとあって、そのために『やらなければならない』仕事を早く終わらせようというモチベーションを持っている人は意外と少ないんですよね。」

森川 「ただ仕事を早く終わらせると『我々が仕事をしてないように見えるじゃないか』と嫌みを言われることもありましたが。当時はとりあえず朝来てお茶して新聞読んで、昼から仕事を始めて遅くまで働いて、『忙しい!』というような人もいましたね。」

薮崎 「いかに働いている感を出しつつサボれるかがモチベーションになっていますね。」

森川 「お金を稼ぐことだけが仕事をする意味になっているからだと思います。『テレビ局からソニーに転職した時、半分くらい給料が下がった』という話をすると、『君は変わっている』と言われたことがありました。『どうしてですか』と聞くと、『楽して稼げる仕事以上にハッピーなことってないじゃないか。なんでそんな転職なんてしたの?』と。その時『あぁ、そうなんだ。みんなそういう考え方をしているんだ』と驚きました。僕はどちらかと言うとお金よりは仕事でどれだけ成長できるのか、自己投資だと思っていたんです。でもおそらくお金のためだけに働いている人は多くて、だからなるべく楽して稼げるところで働いたり、『仕事をやっているように見せる』『他の人に丸投げする』みたいな手を抜く方法に一生懸命になるのだと思います。」

薮崎 「仕事は『やらされているもの』という感覚なのでしょうね。こうしたサボりに対して、企業としてできることはどう考えていらっしゃいますでしょうか。」

森川 「企業の評価制度として『ごまかしがきかない』ということが結構重要だと思います。LINEの経営をしていた時、最初は日本的な経営をしていました。そうしたらみんな幸せそうなんですが、仕事をしてない人も幸せそうだったんです。ソニーの時にも経験したのですが、仕事をしていない人が出世することもありました。例えば上司の接待が上手い人や車内で評価されるのが上手い人とかです。僕は『そんな裏技があるんだ』と驚きましたね(笑)『企業ハック』というか『評価ハック』というか。」

薮崎 「日本企業の人事制度は、『やったもん負け』となっていることが多いですよね。個人レベルにおいては評価ハックすることは当然の行動なので、企業としては評価ハックすれば個人も会社も幸せになれる制度を作らなければならないと思います。今は、頑張って成果をあげても報われない制度になっている企業が多いように感じます。」

森川 「多くの日本企業の評価制度は社会主義的なんだと思います。企業の業績がいい時はみんなが幸せになれますが、企業の成長が悪くなるとみんなが下の水準に合わせて行くことになってしまい悪循環に陥ってしまいます。韓国のサムスンだと業績順に座席が決まるほど厳しい評価制度になっています。一概に良いとは言えませんが、今の時代、成果を上げずに評価をあげる社員ばかりだと会社は潰れてしまいます。」

薮崎 「業種・業態などによって最適な評価制度は千差万別だと思いますが、きちんと公正に評価される『ごまかしがきかない』ことはますます必要になるでしょうね。C Channelではどのようなマネジメントをされているのでしょうか。」

森川 「LINEの時はスピードやKPIを重視したマネジメントを行なっていましたが、C Channelはメディアとして『ユーザーへの寄り添い』や『かわいい』というKPI化しにくいところが重要になってきます。そしてそこが社員の働きがいに繋がっています。また、安心して働けるようにあまり組織については変えないようにしています。今後は公正な評価制度を作り、社員が思う存分実力を発揮できる環境を整えたいと思っています。」

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知識の詰め込み型から、クラウド型へ移行すべし

薮崎 「生産性をテーマに、企業で働く日本人の時間の捉え方が下手な理由を、個人の意識、企業の評価制度から聞いてきました。最後に、学習・教育の観点からお聞きしたいと思います。今の教育は、詰め込み型の教育で、知識を蓄えることに時間をかけるのが是とされています。」

森川 「今の時代って過去の成功がそのまま活かせる時代ではないので、いかに自分なりにブラッシュアップできるかが重要になっています。情報はウェブ上に多く存在しているので、『記憶』に必要以上に脳のパワーと時間をたくさん使ってしまうのはもったいないと感じます。」

薮崎 「データベース(知識)はすごいけれども、アプリケーションがない人が結構いますよね。こちらが聞いたらいろいろな面白い知識を教えてくれるのに、自分では自身の知識を活かせないという・・・」

森川 「そうなんです。これは教育制度の問題が大きいと思います。先生にとって、現状を変えたら困るという理由が壁になっているのではないでしょうか。大学院の先生と対談した際に『社会に活かせない知識を学んでも仕方がない』という話をしたら、『そんなこと言われたら僕たちの仕事はどうなるんですか』とおっしゃる先生がいらっしゃいました。」

薮崎 「そうですね。特に経営戦略やマーケティングなどの文系分野の教育は、いかに現実に活かせるかが重要だ思います。LINEの代表取締役を退任される前に、韓国の慶熙大学のビジネススクールに半年間通われていたとお聞きしました。どのようなことを学ばれたのですか?」

森川 「ファイナンスや戦略論、マーケティングなどケーススタディも含め様々な授業を受けました。最先端な情報や考え方をスペイン人やアフリカ人など様々な人たちとディスカッションしながら学びました。単に知識を溜めるのではなく、多様な意見をぶつけあいながら作り上げていくことに、組織はもっと時間を使う必要があると感じています。」

薮崎 「ちなみになのですが、LINEもC Channelも海外展開をされていますよね。経営の知識だけでなく、英語などの勉強もされていらっしゃるのですか?」

森川 「エニグモの須田将啓さんやDeNAの守安功さん、istyleの吉松徹郎さん、キッズラインの経沢香保子さんの5人で英語の勉強会をしたりしていました。TOEIC800点取るぞと言って。スピーチや発音講座に通ったりしてある程度のレベルまではいきました。最近は英語の学習をしていないので、会議とかプレゼンが英語で出来るくらいですが。」

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※インタビュアー:薮崎 敬祐(やぶさきたかひろ) 株式会社エスキュービズム代表取締役社長 2006年にエスキュービズムを創業し、IT、家電、自動車販売など様々な事業を展開してきた。現在は、今まで培ったテクノロジーを組み合わせて、小売企業の課題解決を行うリテールテックカンパニーとして躍進。「あったらいいな」ではなく「なければならない」領域に、新しい仕組みを提案している

 
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