薮崎 「もともとシャープの事業部長をされてから、1992年にインテルジャパンの副社長、1993年に社長に就任されましたが、役職の違いで感じることはありましたでしょうか。」
西岡 「社長と副社長での責任の違いは副社長と新入社員の差より大きいと言いますからね。
シャープの時を思い出しても、社長に業績が悪いとドヤサレテモ、副事業部長は頭をスクメテいれば嵐は過ぎ去りますが、事業部長には逃げ場がありませんからね。
シャープの事業部長だった1990年に、世界最小・最軽量・最薄のノートパソコンを開発したのですが、最終的な利益計画のところでどうしても本社への利益が出せずに本部長の決裁を得られず、窮地に陥ったことがあります。発売さえすれば、想定以上に売れて利益を出せる自信があったので、社長が怖くて決済のできない事業本部長を飛び越えて社長に直談判をしました。
社長室に一人で行って、『市場に出せば必ず売れます。結果として本社にも利益を出せます。チャレンジをさせてください』と当時の辻晴雄社長に詳しく説明してお願いしたとき、最後に辻さんは『勝手にせい』と言って決済書を床に投げました。私はとっさに、『有難うございます。頑張ります』と言って社長室を出ました。事業部長の社長への説得の結果をこれまで開発に関わってきた多くの社員がどれほど心配していたことでしょう。550名の社員の期待を肩に背負った事業部長の責任を考えると、全社員の生活の掛かった社長の肩はどんなに重いのか想像に難くありませんね。」
薮崎 「社員からすると社長が何をやっているのかは理解されづらいですよね。定期的に日本の社長の年俸が話題になったりします。」
西岡 「一般的に言って日本企業の社長の年俸は低過ぎるかも知れません。しかし、一方で業績に直接響くような決定をしていない社長、神輿に担がれて任期を無事に勤めることだけを願っている社長もいますから一概に言えませんが、良い仕事をして自信をもって適切な年俸を取って欲しいですね。年俸が問題なのではなく、仕事の中身が問題です。」
『社員数8万人』と組織が大きいことを自慢できるような時代は終わりました。これからは他社では出来ない価値のある商品、サービスを生み出し提供する中小企業が日本中にいっぱい出来ていくことが重要です。
薮崎 「インテルはどのような組織風土だったのでしょうか。」
西岡 「インテルはフェアな組織風土の会社でしたよ。特に当時CEOだったアンディ・グローブは自身がハンガリーから命からがらアメリカに亡命してきた人で、大学で学んで博士号を取り、インテルのCEOとして出世していくことを受け入れたアメリカという社会に感謝をしていたと思います。だからすべてに亘ってフェアな会社でした。
一つだけエピソードをお話しますと、ラスベガスでのCOMDEXという当時世界最大のコンピュータ・ショーからサンフランシスコに帰るとき、たまたまアンディと一緒になって同じ飛行機に乗ることになりました。インテルは社長も新入社員も同じエコノミー席です。アンディと一緒に後ろの席に向かおうとしていたら、前方のファーストクラスに陣取っていた若い社員が「はーい、アンディ」と言って、アンディに声をかけてきたのです。インテルの若い社員でした。その社員にアンディは『君、アップグレードしてもらったのか、いいなぁ』と声をかけて、自分はエコノミー席に普通に歩いて行ったのです。日本の会社だとなかなか見られない光景だったので驚くとともに、インテルという会社の面白さを感じましたね。」
薮崎 「ちょっとしたシーンに組織のそうした雰囲気は出ますよね。そのフランクさはいい面も悪い面もあると思いますが、仕事ではいい方に働いていたのでしょうか。」
西岡 「仕事では社員の尊敬を一身に集めていましたよ。役職は果たすべき職務のためのランクであって、人間の優劣を示すものではありません。『実るほど頭を垂れる稲穂かな』を我々はいつも意識しなければなりませんね。
ちょっとした小話ですが、アンディと朝打ち合わせをしていたら、守衛さんから内線がかかってきたんです。守衛さんが「アンディ、あなたの自転車には車輪が4つ付いているが」と電話してきたのです。駐車場がいっぱいだったので、アンディが駐輪場に自分の車を停めたようなのですが、それを見つけた守衛さんは当然のようにアンディに移動を命じました。アンディは「ゴメン、ゴメン」と走って行きましたよ。
日本だと会長・社長の駐車置き場が名前付きであったり、黒塗りの車に運転手付きで、、、ということが常識になっていますね。あれで、週末のゴルフにまで行く人までいますね。」
薮崎 「西岡塾というミドル層を育成するプログラムを運営されていると思いますが、どのようなことをされているのでしょうか。」
西岡 「この歳になったら『ひとづくりが一番大切だ』と思って取り組んでいます。
日本を良い国に変えて行ってもらうために企業のミドルたちを集めて彼らの『自己変革』のために研修をしています。以前の会社(モバイル・インターネットキャピタル㈱)の社長の時から初めましたので、今は16期を開講中です。
大学の教授や現役の経営者を招いて、理論や経営論を講義いただき、そこから塾生達で議論をして思考を深めて自分のモノにしていくのです。8か月40講座のクラスに私は毎回出てファシリテーターを勤めています。私自身いつまでも新しいことを勉強できて大変幸せです。
薮崎 「ひとづくりに関する活動を通じて、最近の『働き手』について課題に思うことはありますか。」
西岡 「日本の若い働き手たちはみんな『忙しい、忙しい』と言っています。朝から晩まで職場でパソコンにしがみついて働いています。彼らの上司たちも一緒です。会議から会議と渡り歩いて定時が過ぎてもパソコンにしがみついています。彼らは働いているのでしょうかね。僕には働いているフリをしているとしか思えません。仕事の成果が出ないから、せめて恰好だけは働いているフリをしているのでしょう。困ったことですね。ICTとかで便利なグループウェアが導入され、部下が企画した会議に上司を出席要請が出来ます。すべてのスケジュールが同じグループウェアで白日の下にさらされている上司は、会議の要請があるとハイハイと会議から会議へと走り回ってます。こんなのでいいのでしょうか。会議とは部長が並々ならない戦略をもって適切な出席者を招集し、戦略的なアジェンダをもって開催するものです。部下の指示でやるものではありません。
もう一つ思うのは、私たちが昔は信じていた『よく勉強して、いい大学に行って、大きな会社に入るのが幸福』という幸せの方程式がすでに崩れているのに、いまだにその変化を理解していない人たちが多いことです。
学校を出て意気揚々と図体だけは大きいけど元気のない大会社の歯車になりにいくのではなくて、親が町工場をコツコツやっているのだったら、『その町工場をピッカピカにしてやる』と捉えて挑戦するような若者がほしいですね。」
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〈関連リンク〉
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