薮崎 「多くのプロが将棋アプリを活用するなど、AIは将棋の世界をかなり変えましたよね。」
林 「そうですね。次の一手に関して、AIだと数百万、数千万手をわずか一秒で検討してしまいます。そして全ての手を点数化していて、一番点数が高い一手を指すのです。」
薮崎 「昨今のマシンパワーの向上も相まって飛躍的に進化を遂げているのですね。一手一手の点数はどうやってつけているのですか?人が考えているわけではないとは思うのですが。」
林 「人間が一つずつ点数化しているわけではありません。AIは、一手一手の意味を理解しているわけではなく、部分的な駒の位置関係の価値を重ね合わせる事で局面を捉えています。そして、機械学習の一種である強化学習によって、『この局面において、次のこの形になった場合は何点にすべきか』をAI自身で学んでいくのです。」
薮崎 「将棋におけるAIのレベルはどれくらいなのでしょうか。」
林 「もうすでに名人すら超えるレベルですが、今もAI同士の対決の結果を学習してさらに強くなっています。そのため、人間が理解できない、普通はありえないような手を指すようになっているのが現状です。」
薮崎 「すでに人間には理解できないレベルなのに、コンピューターが年々進化しているのはすごい状況ですね。」
林 「『人間はクリエイティブだ』とよく言われますが、一定の条件下において計算できるクリエイティブは、すでにAIに代替されていると言えます。将棋では、人間よりもAIの方が新手を指すことは多いのです。」
薮崎 「なるほど。ちなみに、矢倉囲いは最近見なくなりましたが、これもAIによって見直されたということでしょうか。」
林 「そうですね、矢倉囲いは大幅に減少しました。江戸時代から脈々と受け継がれてきた戦法ですが、今、囲いに時間がかかるため矢倉囲いを使うようでは正直勝ちにくいとされています。」
薮崎 「王将が動かないパターンになってきているように感じます。」
林 「昔は『固める』というのが一つの定跡としてあったんですけれど、今はどちらかというと『バランスをとる』というのが主流に変わってきているように感じます。」
薮崎 「今はまだ穴熊という戦法は残っているのですか?」
林 「穴熊はまだ残っています。AIの点数的には全然悪くないですね。」
薮崎 「一手一手が数値で測れるというのは非常に面白いですね。」
林 「そうなんです。AIによって将棋界では、天動説から地動説に変わったくらいのことが起きていると思います。」
薮崎 「将棋の競技人口はどうなっているのでしょうか。」
林 「競技人口というか将棋ファンは、1,000万人くらいいるのではないでしょうか。」
薮崎 「棋戦は新聞社がスポンサードしていて、新聞社の広告宣伝活動の色が強いと感じます。新聞の読者年齢の上昇は避けられないと思いますが、将棋のこれからはどうなっていくと考えていらっしゃいますか?」
林 「伝統芸能って、滅びるか、伸びるか、維持するかの分かれ目がわかりやすくて、ポイントはファンが世代交代できるかだと考えています。そういう点では、将棋はファンの世代交代がうまく起こってきています。『観る将』という言葉があるように、多くの女性や親子連れがプロ棋士の観戦に来ています。正直、僕が子供の時とは大きな違いです(笑)。」
薮崎 「確かに女性の将棋ファンは増えているようですね。実際に『観る将』から『指す将(将棋を指して楽しむ)』になる方も増えているようです。林さんは、最近だとどれくらいの頻度で将棋をされているのですか?」
林 「年に1、2回は大会に出るようにしていますね。昨年は東京大会の決勝で、2回とも負けてしまって、悔しい思いをしましたね。」
薮崎 「林さんほどの方が負けるとは。相手はどのような方なのですか?」
林 「僕より全然若い方でしたね。将棋は頭のスポーツなので、実はアスリートと同じでピークが早いと思います。藤井壮太さんもおっしゃっていましたけれど、棋士のピークは20代半ばくらいできてしまうとも言われています。実際に羽生先生が七冠取ったときも20代半ばでした。」
薮崎 「そうなんですね。タイムリミットがあるということは、できるだけ効率的かつ効果的に成長する必要がありますよね。将棋を学ぶにはどういった方法があるのでしょうか?」
林 「将棋を学ぶ環境はいろいろありますが、今は将棋アプリがあるので、自学自習も効果的だと思います。ちなみにHEROZが運営している将棋アプリ『将棋ウォーズ』では、“ネット上で対戦してだめだったところをレビューする”『棋神解析』といった機能もつけているので、遊び感覚で強くなれると思います。」
※将棋ウォーズ(https://shogiwars.heroz.jp/):日本将棋連盟公認のオンライン対局アプリ。現在460万ダウンロードを突破。 AI搭載で、困った時に「棋神降臨」機能で代わりに指してくれたり、AIの手から新手を学んだりすることができる。また、短時間でスピーディな対局が可能。
薮崎 「将棋アプリを使っている人は多いのでしょうか?」
林 「幼稚園児からシニアの方まで、ユーザー層は結構幅広いですよ。」
薮崎 「将棋ウォーズには、5手先までAIが指してくれる『棋神』という課金サービスがありますよね。好評だとお聞きしたのですが、みなさんどのような使い方をされているのでしょうか。」
林 「棋神を使っていただけている理由として、大きく2つあります。1つ目としては、“勝負に勝つため”で、強い相手にも棋神を使えば互角以上に戦うこともできますので、いろいろな方に楽しんでいただけると思います。2つ目は、“学習のため”です。棋神は僕が小学校の頃から欲しいと思っていたサービスなのですが、自分自身の将棋の勉強としても使えます。棋神が自分の考えとは違う指し方をした時に、どうしてなのかを考えて次に活かしていくような使い方です。将棋の初段になるためには、今はまだ1,000時間くらいの学習時間が必要なのですが、僕はこれを1日1時間×365日で初段になれるようにしたいと思っていて、仕組みさえ整えたら実現できると思います。」
薮崎 「ちなみに林さんは、羽生善治先生とも対局されたことがあるんですよね?」
林 「僕は小学校のときから将棋が趣味で、羽生善治先生とも席上対局をさせていただきました。羽生先生の席上対局って年1、2回しかないのですが、僕は2年連続でチャンスをいただけたのでとても嬉しかったですね。僕の親も、なぜか自分の息子ではなくて、羽生先生が指したときを撮るという大失態をしてしまうほどです(笑)」
薮崎 「勝敗はどうだったのでしょうか?」
林 「駒落ち戦(角落ち飛車落ち)でしたが、1勝1敗でした。羽生先生はとにかく強すぎましたね。」
薮崎 「対局されたのは、羽生先生が七冠を達成した頃ですよね。アマチュア六段で、プロ棋戦でも平手で2勝3敗、さらには羽生先生とも1勝1敗、林さんは本当に強いですよね。」
薮崎 「AIと、チェスや囲碁、将棋はかなり昔から結びついていますよね。」
林 「コンピュータと人間の頭脳対決は、すでにコンピュータの黎明期から始まっています。そしてチェスにおいて、1997年にIBMが開発したスーパーコンピュータ『ディープ・ブルー』とチェス世界チャンピオンのガルリ・カスパルフが対決し、2勝1敗3引き分けでコンピュータが勝つということが起こったのです。」
薮崎 「かなり話題になりましたね。」
林 「ただ、この時のディープブルーは、エキスパートシステムという人間を模倣した人工知能で、マシンパワーでなんとか勝った、というレベルだと思います。将棋においては、人間が認識するように将棋を将棋として捉えて、何万、何十万行のプログラミングを行うやり方では、全然強くならなかったんです。そういった時期が数十年ありました。」
薮崎 「やはり変数が多くなると、それだけ場合分けも膨大になりますから。」
林 「それを変えたのが、機械学習(マシンラーニング)です。2004年頃の機械学習の研究結果を基に、将棋に機械学習が導入されました。局面を図として捉え、ビッグデータから表関数を生成するようになったのです。今の局面はあっちと比べて自分は今プラス何点とかそういうふうに点数を出すのです。」
薮崎 「人間を超えたのはいつくらいなのでしょうか。」
林 「史上初めてプロ棋士に勝利したのは2013年です。さらに将棋において、プロに勝って以降も毎年強くなっています。前年のAIに対して、その翌年は90数%の確率で勝ってしまうのです。今もどんどん強くなっています。」