薮崎 「オムニチャネルは失敗したと言われています。なかなかネットとリアルの融合によるシナジーは生み出されておらず、小売各社、模索している状況が続いています。」
石川 「オムニチャネルではなく、新しい構想が必要なのだと思っていて、ストライプインターナショナルでは『ニューリテール』と呼んでいます。」
薮崎 「ニューリテール構想についてお聞きできますでしょうか。」
石川 「リアルとテクノロジーを組み合わせることが必要だと思っています。店舗などのリアルの場で、そのブランドのフィロソフィーを伝えたり、エンターテイメント性を高めてみんなが楽しめるようにすることで、エンゲージメント※のスコアを上げていきます。そしてエンゲージメントスコアが高くなったユーザーに対して、『ECでも店舗でも好きな方で買い物してください。』というように購入の選択肢を提供するのです。」
※エンゲージメント:生活者とブランドとの絆。生活者がブランドの活動に積極的に関与することで、より愛着心や思い入れが醸成される。
薮崎 「なるほど。現在は『購買の場としてネットとリアルのどちらも設けましょう。』ということが進められていますが、その前にまずはきちんとエンゲージメントを高めることが必要なのですね。」
石川 「そうですね。通常だとお客様は、ECだと年間で3.5回くらい、店舗だと年間3回くらい買ってもらえます。ただ、お客様はECと店舗の両方で3.5回+3回の計6.5回買っているわけではなくて、どちらも合わせて3回か4回しか買ってくれません。しかし先程言ったニューリテールだと、それが合わせて6回になるのではないかと考えています。あくまで仮説の段階ですが、アリババとデータ分析をしたところ、4〜6回になるということがわかってきているため、店舗でエクスペリエンス(体験)の場を設けてエンゲージメントを高めて、ECと店舗の両方で買ってもらうということを、繰り返し行っています。」
薮崎 「2014年頃から『オムニチャネルを実現したい』という声は増えているのですが、結局は会員連携や在庫連携をするに留まることが多いなと感じます。なので、ポイントカードを作って終わりだとか、在庫も基幹システムが絡むのでなかなか簡単にはできないことも多いです。」
石川 「オムニチャネルという言葉が、もしかしたらオワコンかもしれないですね。他社を見ていると、EC での売上が100億円に到達しましたと言っている反面、店舗の売上が100億円落ちている、EC の人材を50人採用しているので本部のコストは上がってしまっている、という状況です。EC だけ見ると利益は高そうなのですがそんなことはなくて、コストまできちんと見えると『結局以前の方が儲かっていたよね』というジレンマに、小売企業ははまってしまっているかもしれません。」
薮崎 「そうですね。私は、2018年にリテールイノベーション(小売革命)に取り組めない小売企業は危ないと言っています。しかし実際には各社有効なアイデアが全く出ておらず、結局、会員連携で名簿が送れるなどという施策になってしまっています。」
石川 「店舗で獲得した会員をどうECに流すかという概念でオムニチャネルだと言っているうちはダメだと思います。ECサイトを立ち上げたからには、店舗で買ったことがない人も、新規でECの会員として獲得して、その新規会員を店舗に引っ張るぐらいの気持ちがいる。店舗の会員をどうECに流すかというのが難しいですね。店舗の会員はCMや接客で獲得すればいいし、EC の会員はデジタルマーケティングで獲得すれば良くて、両方で会員を獲得してそれぞれ共有させていけばいいと思います。」
薮崎 「そのためにも、いかにエンゲージメントを高められるかをしっかりと設計することが、まずは大事だろうなと思います。」
石川 「そうですね。koeというグローバルを見据えたブランドを持っているのですが、ファッションだけではなかなか勝てなかったんです。でも近年、特に2018年2月から渋谷にhotel koe tokyoという“ステイ”“ファッション”“ミュージック&フード”を軸としたホテル併設型店舗を作ってエンゲージメントを高めるようにしていて、今のところ絶好調なのです。1Fでは『koe lobby(コエ ロビー)』というブレッド&ダイニングで7時から23時まで食事ができるようにしつつ、『koe space(コエ スペース)』で毎週DJイベントを行っています。また、2Fは23時まで営業している深夜対応型のアパレルショップにし、21時~23時まではスマートレジを導入して無人レジで運営しています。そして3Fはホテルの客室と、まさに衣食住に音楽を含めた文化、さらにスマートレジなどのテクノロジーを組み合わせた、第4世代アパレル&テック&ライフストアができたなと思っています。今後は、フードも音楽もファッションも、『THE 日本』のようにひとまとめにして、hotel koe tokyoから世界中に発信していこうと考えています。洋服を売るだけ、カフェを開くだけではなく、テクノロジーも取り入れた新しい衣食住を、日本のカルチャーとして発信するポジショニングで戦おうとしているのです。また、2020年の東京オリンピックでは、ちょうどhotel koe tokyoのある辺りは、会場までの導線上にあるのです。2019年秋には立て替え中のPARCOが完成しますし、間違いなく2020年にあのエリアは賑やかになっていくと思います。」
薮崎 「hotel koe tokyoの2Fは無人レジなんですね。」
石川 「無人レジです。世の中はまだまだ無人レジに慣れていないので、通常のレジと併用できるようにしていますが、21時からは無人レジのみ稼働させています。」
薮崎 「以前、21時くらいに1Fの『koe lobby(コエ ロビー)』に入ったことあるんですが、ゆったりとしたすごく贅沢な空間を作っているなと思いました。」
石川 「そうですね。1Fはスペース貸しも行っています。すでに『ハイブランドのイベントスペースとして貸してくれないか』というお問い合わせを多くいただいていますが、そうした他社も巻き込みつつ、koeのブランド姿勢を伝えることができ、各階への盛り上がりにもつながるのです。リテールは『商品だけを売る場』ということではなく、そのブランドのコンセプトを示して、そのコンセプトに共感する人たちに場所を貸し一緒に発信していく、ということが新しいモデルじゃないかなと思っています。」
薮崎 「ストライプインターナショナルの在庫の回転数は、どれくらいなんですか。」
石川 「回転数だとアパレル業界で世界一かもしれません。一年間で13回転、大体26日間くらいで入れ替わる感覚です。ストライプインターナショナルの決算書を見たときにみなさんが驚くのがその回転数ですね。AI に負けないくらいの発注精度があるのでかなり強いと思います。AI を導入したら、むしろ狂うんじゃないかと思っています。」
薮崎 「すごいですね。私も通販事業でアパレルに一度取り組んだことがあったのですが、薄利多売で在庫を抱えることになりました。通販事業自体も4年間で20億円くらいの売上になりましたが、低利益率であることがネックでした。SPA(製造小売)で川上から価格をコントロールすることや色やサイズなどのSKUをいかに管理するかというMD(マーチャンダイジング)の難しさを感じました。」
石川 「やはり企画とMDが肝だと思いますね。本当に、一品番単位で細かく原価も変えています。もう24年も取り組んでいますから、ノウハウが溜まってきたという感じですかね。だいたい需要予測の8掛けか9掛けくらいになるように、欠品ぎりぎりのところでコントロールしています。そうでないと値引きに変わってしまうので」
薮崎 「値引きは30%くらいでしょうか。」
石川 「大体アパレル業界は、平均40%引きくらいですね。」
薮崎 「季節によって違うんですか?」
石川 「夏が本当のバーゲンなので、春はプレバーゲンのような位置づけです。春は3割引き、夏は5割引き、秋は3割引き、冬は5割引きという感じですね。」
薮崎 「amazonもそうですが、ECから始めた小売企業が店舗を持って影響力を拡大させようとしています。一方で、店舗を持っている小売はECに対応するのに苦戦しているように思います。今後店舗の役割をどうしていくべきなのかについて、お聞きできますでしょうか。」
石川 「店舗の未来は、『エンターテイメント』と『フィロソフィー』というキーワードではないでしょうか。店舗は、過去のブランドを展示したり足湯をおいたり、いろいろな体験ができるようにし、そこに来た方がいずれ『このブランド好き』と思える場所になると思います。少なくとも、『来店した人に、教育を受けた店員が接客力で売る』という時代は終わりました。ディズニーランドなどに近いかもしれないですね。来たお客様にどうアプローチして、どう喜んでもらって楽しくなって帰ってもらうか、その延長線上にECや店舗の売上がついてくるということだと思います。」
薮崎 「私は、店員さんにいろいろ言われるのが煩わしいので、さっと買って、さっと帰ってくるようにしていますね。」
石川 「みなさん、イヤホンつけて『話しかけてくるな』オーラを出していますからね。」
薮崎 「接客されたい人とされたくない人がいるので、たとえば顔認証で、『今この人には接客するべきかどうか』を判断できるといいなと思います。ニューリテール構想において、店舗ではどのような挑戦をされたいと考えていらっしゃいますか?」
石川 「これからですが、イニシャルコストとランニングコストと販売員の概念を変えることに挑戦したいと考えています。そもそも商業施設に店舗を出す必要があるのかという疑問があって、ビルの屋上や雑居ビルの18階のような場所でもいいのではないかと思っています。なぜかというと、これまでは通行量の多い場所に高い家賃で出店して、ふらっと入ってくれる人に接客しながら、10人中2人くらいに買ってもらうというのが、店舗のあり方でした。しかしこれからは、たとえば販売員のシェアリングのような概念を考えています。お客様は自分のお気に入りの販売員をアサインして、落ち合う場所だけあればいいのではないかと思うのです。販売員を予約できるようなアプリを開発して、お客様には事前にそのアプリでスタイリング予約をしてもらっておいて、お客様とスタッフが待ち合わせして、そこで接客すると。」
薮崎 「美容室に近いですね。」
石川 「そうですね。完全にスタイリストのような感じです。駅前に通行しているお客様をどう掴むかではなくて、アプリ上でマッチングしたお客様と、マッチングした時間帯に、マッチングした場所で会うだけになります。そうなると、立地についても考え方が変わってきて、先ほどのような30階建てのビルの18階でも問題ないのではないかとなります。自社のブランドを全部並べている広いフロアを設けて、もちろん扉には鍵をかけておいて、そのフロアには全サイズ全色のサンプルが並んでいて、そこでミーティングしたり、お菓子を食べたり、ジュースやお茶を飲んだり、くだらない話をしたりしながら、エンゲージメントを高めてもらえる場所になります。こうしたスタッフの予約制というか、必要な時だけスタッフが出勤するという『人のシェアリング』のような概念から、店舗の場所や内装費などを全部変えていけるのではないかなと思っています。」
薮崎 「確かにアパレル店などは昼間のアイドリングタイムにはほんとに暇そうですもんね。時間のスペースを埋めていくというやり方は面白いですね。30分接客という枠で、カリスマ店員などの活用もできますよね。」
石川 「現状は、すごくホスピタリティレベルの高いショップ店員が、ホスピタリティレベルの低い店員と混ざって一緒に働いています。しかし、ホスピタリティレベルの高いショップ店員だけを集めた『エクスペリエンス予約サービス』のような部署を作って、完全予約制にするというのは一つの方法ではないでしょうか。店員も効率出勤になるし、客単価も高くなるので、給料も上がるのではないかと思っています。」
薮崎 「その接客は有料でも受けたいですね。」
石川 「出来る人にはそれに見合った給料を払ってあげたいということもありますが、予約が入っている時だけ来て、予約が入っていないときは自分のやりたいことが出来るという仕組みが、これからの働き方にとって大事なんじゃないかと思っています。たとえば1日2時間しか空き時間がない子育て中の方とかは、その2時間をモデルルームでの接客にするということができます。人のシェア、時間のシェアという視点を、これからの事業に入れていきたいと思っています。」