薮崎 「2010年から放映された、earth music&ecologyのCMは印象的でした。一気に知名度を向上させ、ブランドイメージを作り上げた点でも、非常に秀逸な施策だなと思いました。」
石川 「実は、当初社内ではかなり反対されたんです。TVCMに12億円も投資することに対して、『投資が大きすぎて赤字になるのではないか』や『CMによる効果が確実ではない』など様々な意見がありました。しかしストライプインターナショナルは“挑戦”を企業理念としており、売上だけでなく社員のモチベーション対策としてもCMに挑戦する意味は十分あると判断しました。」
薮崎 「確かにCM含め、新聞や雑誌、ラジオなどのマスメディアへの広告出稿の効果は、ウェブ広告と比べると事前にはっきり断言できませんよね。」
石川 「そうです。あと、earth music&ecologyって長い名前じゃないですか。それも相まって、F1層(20歳〜34歳の女性)の認知度が、当時17%しかなかったんです。ユニクロは99%。さすがにこれは認知度が低すぎるだろうと思っていて、CMにおけるKPIを、売上ではなく認知度を50%まで上げることとしたのです。」
薮崎 「実際にCMを流してみて、どれくらいの効果があったのでしょうか?」
石川 「UU(ユニークユーザー)数も桁外れに増え、通販の売上も伸び、店舗にもたくさんの新規のお客様が来店し、とすごい反響がありました。気づけば認知度は80%超を達成していましたね。CMに挑戦してみてわかったのは、認知度が50%までは、CMの出稿量と売上には相関がありました、そこを超えると、売上はほとんど変わらなかったです。」
薮崎 「これは他の小売企業の販売計画において、CMを使うかどうかということの目安になりそうですね。もし、全国に店舗などの販売チャネルや顧客とのタッチポイントがあるのに認知度が低いような場合は、手っ取り早くテレビ CM で認知度を上げてしまえば、売上も相関して上がるということですね。」
石川 「そうだと思います。さらに店舗だけでなく、コアなファンの方は知っているけどまだまだ知名度の低いような小売企業が、次のステージにいくためにはCM は向いているのでしょう。一方で、一部の地域にしか店舗がない場合などは、売上を上げる、という点では難しいと思います。認知度を17%から50%まで上げることは、思っていたよりも簡単だったなという印象です。」
薮崎 「どうして宮﨑あおいさんに決めたのですか?」
石川 「店舗出店を日本以外にも台湾や香港、タイなどにも広げていく中で、そうした国々でも通用する、最も有名な日本の女優は誰かを調査しました。それで人気だとわかったのが宮﨑あおいさんで、当時NANAという映画が公開されたこともあって、アジアでもよく知られていたのです。また、ナチュラルな雰囲気がありつつ可愛さもあるし、彼女自身はあまり公表してはいないのですが、インドの貧しい子供達に対してボランティアをしていたりします。そういう情報を聞いて共感した、ということも理由としては大きいですね。」
薮崎 「出稿量でもちろん認知度は上がるかもしれませんが、宮﨑あおいさんを起用したCMの質が非常に高く、クリエイティブだった点は、ブランドイメージの構築に非常に貢献したと思います。」
石川 「そうですね、埋れてしまう表現ではなく、いかにクリエイティブにするかはこだわりました。宮﨑あおいさんは、当時10社ほどの CM に出ていらっしゃいました。これまで見たことのない、歌う宮﨑あおいさんをCMで表現できたことは非常に新鮮で印象的だったのではないかと思います。」
薮崎 「そもそも店舗出店を日本だけでなくアジアまで広げていこうとされていたからこそ、CMで宮﨑あおいさんを起用したのでしたよね。現状では海外進出はどのような状況なのでしょうか。」
石川 「2017年に、earth music&ecology TOKYO(以下、アーストーキョー)という、日本の文化やファッションを発信していくセレクトショップを上海に出店しました。日本のアパレル企業は何万社もあるんですが、怖がってなかなか中国に進出しないんです。それだったらストライプインターナショナルがプラットホームを作るから、そこで一緒に並べてみませんかと各アパレル企業にお声がけしました。そして50数ブランドを引き連れて、1000平米の大型店舗に自社他社問わず商品を並べたのです。つまり中国人にとって『日本のトレンドファッションはここに行けば買える』というような、わかりやすい日系のセレクトショップを作りました。」
薮崎 「EC領域でも、5年くらい前から『越境』という言葉が盛んに言われて、中国のモール型ECサイトに出店しようという気運が高まっていますが、結局誰も成功していないですよね。海外、特に中国への進出はなかなか難しそうだと感じます。上海に出店したアーストーキョーは好調だと聞きますが、実際に売れ行きはどうなのでしょう?」
石川 「ストライプインターナショナルは、国内に1300店舗、海外に150店舗くらいあるのですが、その中で上海のアーストーキョーの売上が一番なのです。東京で一番売れている店舗よりも上海の店舗の方が売り上げているのです。」
薮崎 「それはすごい。日本文化のセレクトショップというコンセプトは、新しい海外展開の可能性がありそうですね。今後の海外での店舗展開はどのように考えていらっしゃいますか?」
石川 「東アジアと東南アジアを中心に、ほとんどすべての国に2店舗くらい出店していこうと考えています。中国だと北京と上海の2店舗、フィリピンは1店舗、ベトナムは1店舗、インドネシアは2店舗というように、アーストーキョーを展開していきます。アーストーキョーでは、ライバルメーカーの商品も一緒に売っていくので、そうしたメーカーの海外進出のソリューションの展開なども手伝おうと考えています。」
薮崎 「ファーストリテイリングの柳井正さんと交流があるとのことですが、どのような関係なのでしょうか」
石川 「そうですね、1年か2年に一度くらいのペースでお会いしています。最初は2013年に、『女性の登用について教えてほしい』ということで連絡があり、朝7時30分に伺いました。」
薮崎 「ファーストリテイリング社に朝7時30分に行ったんですね。早い(笑)」
石川 「『なぜ女性をうまく活躍させられるのか』ということを聞かれると思って準備していたのに、『なぜ君は小さい店しかやらないんですか』と聞かれたんです。正直なところ、『いきなり何を言っているのだろう』と思いましたね(笑)そこで、僕は『世の中にはセブンイレブンだって、ウォルマートだってあります。セブンイレブンは店舗は小さくても粗利が高いし、ウォルマートは大規模でも粗利は低いじゃないですか。小型店舗の方が収益性は高いと考えています。』と逆らったわけです。」
薮崎 「それがストライプインターナショナルの戦略であり、それまでうまくいっていたんですよね。」
石川 「そうなんです。だからその時は自分の考えは間違っていない自信があったし、事実、1000億円規模まで成長してきました。そしたら柳井さんに『それは違う。経済は規模だ。』と言われて。」
薮崎 「確かに。衝撃的な打ち合わせですね。まさか女性登用について教えに行ったら、経営のやり方にダメ出しされるとは。結局、納得はしてもらえなかったのですか?」
石川 「僕はROA(純資産利益率)戦略って呼んでいるんですけれども、低資産で高回転率、高粗利の3つを実現することを目指すわけです。低資産ですから小さいお店にすれば内装費もかからないし、高回転はKIOSKや自動販売機のようなイメージで小さくて売れる物だけ置いておく、高粗利はSPAで作ることで問屋をなくす、この三つを考えて無借金経営でおよそ1000億円くらいの規模まで来たのです。」
薮崎 「すごい純資産ですよね。」
石川 「これを朝一番に一喝されたわけで、もちろんその場では僕も全く納得していなかったのです。しかし家に帰って2時間くらい湯船につかりながらだんだん冷静になってくると『いや、待てよ。あれだけの大物が、あれだけのことを言うくらいだから何かあるのではないか。柳井さんの言っている視点を軸に、経営戦略を考えてみた方がいいかもしれない。』と思い直しました。そして、今は1000億円規模にいく手前くらいだけれど、ここから1兆円規模にするためにはあと何店舗出さなきゃいけないのか、ということを考え始めたのです。そうすると、店舗の年間の平均売上が1億2000万円くらいなので、1万店舗出さなくてはならない計算になります。もちろん日本だけでは賄えないし、海外に出すことを考えると、社長も何人も立てなくてはなりません。『これはこのまま展開して行くのは大変だな。』と素直に思いましたね。柳井さんがおっしゃっていたように、1店舗あたり年間売上10億円くらいの大型店で考えた場合、ストライプインターナショナルの店舗の売上の8倍から10倍くらいなので、これからは小型店1万店舗よりも、大型店千店舗の方がいいのではないかという判断に傾いてきたのです。」
薮崎 「なるほど、そこから新しい店舗形態に挑戦することになったのですね。」
石川 「『小型店は活かしながら 大型店もハイブリッドで挑戦してみよう』と思って、koeというブランドを作って開発することにしたのです。そしてその1年後に柳井さんにアポイントをとって、『以前は規模のお話、ありがとうございました。この度、koeというメンズ・レディース・キッズ複合のショップを出すことにしました。ちなみにどこに出店するかというと、ユニクロが絶好調と聞いている新潟店の隣に出させてもらいます』とちょっと喧嘩を売ってきたんですよね。」
薮崎 「それもまたすごいですね。」
石川 「そのお店はすぐに撤退になっちゃいましたね。やはりなかなか横綱には勝てない。ただ、koeもファッションだけではなかなかユニクロには勝てなかったのですが、hotel koe tokyoを軸に新たな価値提供を試みているんです。」
薮崎 「今注目しているテクノロジーはありますか?」
石川 「今、VTuberに注目しています。実は、earth music&ecologyのCMで、宮﨑あおいさんに断られていたら、それこそVTuberじゃないですけれど、『バーチャルでやるか』というような話になっていました。」
薮崎 「2010年からそのような構想があったのですね。」
石川 「今後は“動画×EC”が来ると思っているのですが、現状ではYoutuberも、ソーシャルゲーム系やコスメ系しかいないんですよ。ファッションのYoutuberってなかなか出てこなくて、インスタグラムで止まってしまうんですよね。そうなるとVTuberに取り組んだ方がいいのではないかと思って検討しています。」
薮崎 「今メディアも動画に参入しているし、バーチャルのキャラクターをNHKが採用したりと、動画×バーチャルキャラクターはまだまだ盛り上がりそうですね。」
石川 「そうですね。すでに初音ミクよりも再生回数が多いVTuberも出てきているので、そうしたキャラクターを起用したほうが、売れるっていう感じはしますよね。で、もうVTuberの芸能事務所が出来るような勢いなので、今はこのトレンドに注目しているのです。」
薮崎 「すでにVTuber数も1000を超えたらしいですからね。もしVTuberを起用するとしたら、どのように考えていらっしゃるのですか。」
石川 「多くのフォロワーを抱えるVTuberと組んで動画×ECをやると、もしそのVTuberが9分くらい語ったら、すぐに200万円くらい売れる気がしますね。ただ、VTuberの制作コストが400万円くらいかかるとも言われているので、1つ動画を作って200万円しか売れなかったら赤字なんですよね。ずっとYoutubeに動画を上げておけば、再生回数は上がり続けるので、最終的に売上がいくらまでいくのかちょっと想像がつかないです。現状はwifiの普及もまだまだだし、みんな低速モードを気にしている状況なので、本格的に世の中に普及するのはもう少し後かなとは思っています。」
薮崎 「確かに2020年を目処に5Gが整備されるなど、動画の環境は整いつつあります。すでにライブコマース も様々な企業が取り組んでいますが、今後動画×ECはますます発展していくでしょうね。」
石川 「そうですね。動画×ECの形としては何パターンか想定しています。たとえば、AbemaTVのようなネットテレビにコマース機能が付加されたり、Youtuberのライブコマースだったり、株式会社Candee のような企業がYoutuberを開発してECに取り組むなど。もしかしたらDeNAとかも後発で出てくるんじゃないですかね。そうした時に、ストライプインターナショナルはどう入っていくかを考えています。」
薮崎 「エスキュービズムでも、動画上で指でフリックするだけで買えてしまうというテクノロジーを開発しています。お店とかでつい衝動買いをしてしまった経験はみんなあると思うのですが、WEBでも画面の遷移をなるべく減らして、衝動買いをWEBでも再現したいなと。ただそうした時に重要なのが、演者を誰にしてどう伝えるか、など企画の部分です。たとえばVTuberだと、人じゃなくてもいいですよね。キャラクターでいいわけですから。」
石川 「おっしゃる通りで、犬のVTuberだっているんですよ。エンゲージメントを上げられるVtuberであることが重要なので、2次元だったり3次元だったり人だったり動物だったりといろいろな選択肢があると思います。」
薮崎 「エンゲージメントスコアの高い人やキャラクターをどんどん囲い込んでいくということですね。」